「よかったのかい? 彼に、藍の症状をなにも説明しなくて」

「まだ藍についての記憶や経験に関する移行に関しては、研究中です。実際に出会った後、彼についての記憶が藍にどの程度実際の体験として影響を及ぼしているのか、こればかりは会わせてみないとわかりません。今はまだ説明する状況ではないでしょう。ましてや」

 木暮は、眉間に深くしわを刻んだ。



「恋心などと言う数値では示せないあやふやなものが、AIから実際の人間の脳に移行が可能なのか。今までどのラボでも証明したことのない研究結果が出せるとしたら、下手するとノーベル賞ものですよ。この先が実に楽しみですね」

「台詞と表情が合っていないよ」

 くすくすと楽しそうに、教授は笑った。



「あの子が、会いたがったのかい? 彼に。藍の体調が通常状態に戻った今、手紙を書いたのはお前だろう?」

「早く研究を進めたかっただけです」

「だったら、今一緒に行けばよかっただろう。その場合のファーストインプレッションは論文にも大事な一文となるんじゃないか?」

 ふてくされた顔のまま自分を睨む息子の頭を、ぽんぽんと叩いで教授は言った。