「ただいまー」

 陽介は声をかけて、部屋のドアを開ける。実家にいたころと違って応える人はいないけれど、なんとなくそういう癖は抜けないものだ。



 藍がいなくなったあと陽介は、医者になれという両親に対し、根気強く説得を続けた。医学部には進まないこと、自分にはやりたい研究があること。

 藍は奇跡を信じた。あの時の藍の状況に比べたら、陽介の進学問題など小さいものだ。自分の願いもかなえられないなら、藍の奇跡をかなえてやることなどとうていできない。そう思って陽介は、何度反対されても自分の希望を貫いた。

 姉と、驚くことに兄が陽介を擁護してくれたこともあって、東大なら、という条件付きで最後には父も進学をゆるしてくれた。

 受験に向けて死ぬ気で勉強して、めでたくも晴れて希望大学に進学することができたのだ。



 進学してようやく季節がひとめぐりした。ワンルームの一人暮らしにも、なんとか慣れてきたところだ。

「ん?」

 ポストから引っこ抜いてきた投函物を仕分けしていた陽介の手がとまる。ピザや修理屋のチラシに交じって、真っ白い封筒が目に付いた。