「藍!」

 陽介が呼ぶと、ちら、と少しだけ藍は振り返るが、足を止めることなく狭い小路を駆けていく。

「おい、そんなに走ったら……!」

 また倒れるんじゃないのかとはらはらする陽介は、ついに細い路地の端で藍の腕をつかんだ。



「待てってば」

 肩で息をしながら、藍は陽介を振り返った。その肩が小さく震えている。陽介は、いつかの放課後、藍が近藤に問い詰められていたことを思い出してあわてて手を離した。



「ごめん。怖がらせるつもりはないんだ」

「うん……わかってる」

 藍は、陽介に掴まれていた腕を、そっと反対の手で押さえた。

「痛かったか?」

 藍は黙って首を振る。次にかける言葉を考えあぐねて、陽介も黙り込んだ。



 大通りからずいぶん中に入ってしまったらしく、観光客はおろか地元の人影すらもない。

 さやさやとした葉擦れの音だけが、二人の間に流れていた。