【碧海聖花の依頼は恭稲探偵事務所が受け付けました。
 依頼内容に対するこちらの働きかけは、以下のものとする。


 依頼者である碧海聖花の命を脅かす者から、恭稲探偵事務所の恭稲白が一日二十四時間、碧海聖花の身の回りを監視しながら命を守ろう。
 それと並行して調査を行いながら、依頼者の命を脅かす者へと通じる鍵を与える。


 その期間は、二〇××年 十二月 十五日 日曜日、現時刻、深夜二時四十三分から、二〇××年 十二月 二十日 金曜日、深夜二時四十三分までとする。
 また、依頼者が後者の鍵を手にした時点で、調査及び護衛は終了とさせてもらう。その後のことについては、こちらは一切の関与をしない。
 また、この依頼に関する費用は不要とする。



※提示した働きかけに問題がなければ、こちらが提示する以下の条件(契約)に進んでもらう。それに対する覚悟が整えば、依頼者の欄にフルネームを署名し、画像を再添付送信してもらおう。



 一、ここへ通じる道――鍵を口外してはならない。


 二、依頼期間に経験した事柄や知恵は全て、自分の身に留めておくこと。


 三、こちらが依頼者に必要だと判断した言動を素直に従ってもらう。


 四、こちらが提示した鍵で依頼者が真実を知ったとて、恭稲探偵事務所はそれに対し一切の関与はしない。


 五、これらの条件を罰した場合、恭稲探偵事務所なりの対処をさせてもらう。そこに対し、依頼者の命の保証はない。
求める鍵の受け取りを放棄したとみなし、鍵を与えるも与えないも恭稲探偵事務所側の権利とみなす。

恭稲事務所が提示した以上の働きかけ。また、全ての条件に対しまして、私、碧海聖花は承諾いたします。
 

                   依頼者                 】


「なッ! なんなんよこれッ⁉」

 聖花は目を見開き声を上げる。それもそうだろう。聖花は第五の条件を聞かされていなかったのだから。
 そしてその条件が求める鍵に関わること、ましてや生死に関わることについてなど、知る由もないことだ。


「ありえへん」
 感情に任せる聖花はDMにメッセージを素早く打ち込み、確認もせずに送信する。


[契約書の画像を確認いたしました。第五の条件については聞かされていなかったのですが、どういうことなのでしょうか?]

 白は元々DMを開けていたのだろう。刹那も待たずして既読マークがつく。


[嗚呼。言っていなかったから当然だろう。だが、聞かされていたところで、碧海聖花の返答は変化していたのか?]


「なッ! なんなんこの人ッ。よくもまぁ悪びれもせずに言いはるわ。大体、この契約書だって上から目線やし。普通は“ご依頼者様”とか依頼者に対して“様”をつけるのが普通とちゃうん? 様どころか、“ご”すらあらへんやないの」

 リモートが繋がっていないからと、聖花は感情に任せに悪態をつく。


[第五の条件に対し何がそんなに不服と言う?]


「はぁ? そんなん命の保証についてに決まってるやない」

 白の継ぎ足しメッセージについて、声を上げながら文字を打ち込む。が、送信する前に白からメッセージが送られてくる。


[第五の条件が嫌と言うならば、他の条件を飲めばなんの問題もないはずだが]


[それとも、碧海聖花。第一~第五の条件(契約)のどれかを破るつもりなのか?]


[ずいぶんと口の軽い依頼者なことだ]

 正当な言葉だと分かっていながらも、聖花はイラっとしてしまう。



「言うてはることは間違うてへんけど、伝え方が気に入らへんのよ。なんなん? この上から恭稲様は! しかもなにを勝手に私が口軽いと決めつけてるんよ。私は口軽くあらへんさかいね!」

 リモートが繋がっていないこともあり、聖花は普段からはありえない程感情を露わにする。握っていた木刀がミシリと音を立てた。

「!」
 聖花はその音で我に返る。

「はぁー。こんなカリカリしてたらあかんなぁ。カルシウムが足らへんのかもしれへん」
 聖花はいけない、いけない。とばかりに首を左右に振り、どうにかこうにか心を落ち着けた。

「こ、こちらはお命を守ってもらおうとしてるんやった。それと並行して犯人探しも頼んでいる身。しかも無償で。……お金には困ってはらへんから無償や言うてはったけど、ほんまに大丈夫なんやろか? ただより怖いもんはない言うねんけど。……でもなぁ、このまま過ごしても危うい命やもん。藁に縋るつもりで信じるしかあらへん。大丈夫……大丈夫」

 息も吐かせぬほどの長い独り言を終えて心を決めたのか、タッチペンを使って碧海聖花と署名する。


「どうかこの選択の先に光がありますように」

 聖花はそう祈りながら再添付送信をした。
 流れ星スピードで既読マークがつき、リモート呼び出し通知が届く。相手はもちろん恭稲白だ。


「はい」

 通知に応対した聖花は声を上げる。その声は先程よりもずいぶんと凛としている。腹が決まったのだろう。
 例のごとく長い足を組み、レザーチェアに深く背を預けた白が画面に映し出された。


『碧海聖花。これで契約が成立した』

 白はどこか上に立った者特有の余裕ある笑みを浮かべていた。右下にある黒子と切れ長のアーモンドアイに白特有の瞳の色が妖艶さを醸し出している。端麗すぎる顔立ちは、見ているだけで息がつまりそうだ。


「……はい」

 聖花は頷く。少し間が開いてしまった。白を見ると不安が顔をだしたのだろう。


『不安なのか?』

 ん? とでも言いたげに小首を傾げる白は蠱惑的な微笑を浮かべる。その際、光沢溢れる白髪がサラリと揺らぐ。


「それは、まぁ……」
 聖花は言葉をつまらせる。


『私と契約を交わし何を不安なことがある。安心しろ。私は一度契約を交わした者には、完璧に仕事をこなしてやる。碧海聖花が私を裏切らない限り……だがな。自分の行動や言動にはよくよく注意することだ』

 白は意味深に言うと、柔らかな笑みを口元に浮かべた。が、瞳は笑っていない。むしろ獲物を狩る鷹のように聖花を捉えている。


「ッ!」
 聖花は言葉をつまらせる。この男に逆らってはいけないと、聖花の本能が判断する。


『碧海聖花。早速だが、こちらの指示に従ってもらう』

「は、はい。私は何をすればよいのでしょうか?」

 聖花はどもりながらも返事をする。何を指示されるのか戦々恐々なのだろう。心なしか顔が引きつっている。聖花の命は伸びたとしても、このままでは神経がすり減ってゆくばかりだ。


『本殿奥の鳥居前に向い、左側にある巻物を加える稲荷の前に立ち――ッ』
「ちょ、ちょっと待ってください。メモしますから」
 聖花は白の言葉を慌てて遮る。予想していなかった指示に対し、パーカーに忍び込ませていたミニボールペンを取り出す。七センチ程の長さだか、使用時に上下へ引っ張ることで、インク芯が出てくる。キャップのないボールペンは十センチ程に伸びる。その使い勝手の良さから、聖花はいつでもポケットに忍び込ませていた。
 種類は白と黒はもちろん、ピンクや青など多種にわたる。聖花は落ち着くという理由から黒色を好んでいた。その為、文具や洋服にインテリアまで黒色が多い。


『物覚えが悪いことだ』
 白は呆れ口調で言いながら苦笑いを溢す。

「もう一度、お願いします」

『いいか、けして間違えるな。本殿奥の鳥居前に稲荷の銅像が二体いる。その銅像の左側。巻物を加える稲荷だ。そこは願い人に対し、どんな願いも叶えるという稲荷の秘法や知恵が収められている。
 碧海聖花はその稲荷の前に立ち、“我が、恭稲探偵事務所への依頼者である。恭稲白様と契約を交わした身。名は、碧海聖花と申す。直ちに、お稲荷様の知の秘法を”と伝えることにより、依頼者にとって必要なものが与えられる』


「は、はい?」

 自身の肘から手首にかけて、びっしりメモした言葉達。どれもこれも現実味のないものばかりで、いささか思春期特有の言動病が香る。指示されたことを冷静に受け取った聖花は思わず、素っ頓狂な声を上げて顔を顰めてしまう。


『見事なあほ面だな』
 白は涼しい顔でさらりと悪態をつく。
「なっ!」
 白の悪態に目を見開く聖花は恥だとばかりに真顔に戻す。


『契約を交わした身。後戻りはできないと思え。一言一句間違えるなよ。稲荷に祟られたくなければ……な』

 白は不吉な言葉と共に、どこか妖艶な微笑を浮かべる。


『では切るぞ。健闘を祈っておいてやろう。ありがたく思うことだ』

「ぇ⁉ ちょ、ちょっと!」

 聖花の呼び止めも空しく、白は画面上から消えた。残されたのは、<リモート相手が退出されました。貴方も退出しますか? “YesorNO”>の選択肢画面だけだった。


「な、なんなんッ⁉ 一体ッ」

 納得いかない! とばかりの鼻息を飛ばす聖花は、しぶしぶOKボタンをタップした。リモート画面は終了し、聖花のホーム画面に戻る。DM通知はゼロ。鍵を与えられたら自力で動け。ということだろう。


「行けばええんやろ、行けば」

 不機嫌に言いながら、聖花は木刀を肩に担ぐ戦闘モードスタイルで、指示された場所へと走って向かう。お稲荷様のお怒りを受けぬことを祈るばかりだ――。