――さぁ、碧海聖花。君が望む真実の扉を教えてくれないか? 私がその扉の鍵を開こう。


 ゆっくりと発せられた(つぐも)の言葉が聖花の鼓膜にこびりつく。


 優しく響く低音の中に、重厚感のあるアンティークのような深くて切ない色香。まるでバイオリンのD線を奏でるような声音だが、そこにはどこか威圧感が含まれており、気軽に話しかけられる雰囲気ではない。それは白が微笑んだとて同じこと。

 人間が簡単には近づいてはいけない。そう錯覚させられる雰囲気を醸し出す青年だった。



『碧海聖花。聞こえているのか?』
 (つぐも)は硬直する聖花に素っ気なく問う。


「ぁ! は、はいッ‼ き、聞こえています。ちゃんと」
 聖花は慌てて返事を返す。まるで獣に睨まれる小動物のようだ。


『そうか。ならいい。見た限り頭の回転が悪そうに思うが、よく事務所の扉を開けられたものだな』

 冷静な口調で言った白は鼻で笑う。少し小馬鹿にする感じは、とても依頼者に対する対応じゃない。


「な、なんとか恭稲事務所に辿り着けて良かったです」

 白に対し少しムッとした聖花だが、声音と表情には怯えの色が強くでていた。


「ほ、本当にあったんですね。恭稲探偵事務所は」

 都市伝説や七不思議の一つ。そう半信半疑でいた聖花は、驚き半分、嬉しさ半分でそう言葉にする。


『愚問だな。真実を求める者にしか、真実の扉は開けられない。ということだ』

 白は鼻で笑い左足を上にして、足を組み替える。とても足が長いことが画面上でも伝わってくる。


「ほ、ほぅ」

 白の言葉の真意がつかめなかった聖花は、気のない相槌しか打てなかった。


『……依頼者と馴れ合うつもりはない。碧海聖花。依頼用件を話してもらおうか』

「は、はい。ぁ、あの……」
 何やら言いにくそうな聖花はもじもじとして、口つぐんでしまう。


『なんだ? 言いたいことがあるならさっさと言ってもらおう。この事務所は夜明け前に閉じる』

「あの、私、そこまで依頼費用を持っていな――ッ」
 白に促された聖花は懐事情を話す。


『不要だ』
「ぇ?」
 聖花の言葉を皆まで聞かずバッサリ言い切った白に対し、聖花はきょとんとする。
 まさか依頼費用は不要という返答がくるなど、思いもしていなかったのだろう。仮にも探偵事務所に依頼するという未知の世界。聖花は聖花なりに考え、お年玉などを貯金してて貯めていた数万円を、恭稲探偵事務所へ支払うつもりだったのだから。


『はぁ。呑み込みの悪い依頼者が来てしまったことだ』

 白は指先で額を抱え、辟易するように溜息を吐く。


『依頼費用は不要だと言っている。生憎、私はお金には困っていない。それに、依頼費用が必要だと平等じゃない。上流階級だろうと下流階級だろうと関係ない。真実の扉を開ける鍵を望む者ならば、赤子だろうと依頼を引き受ける。そこに依頼費用を発生させたら、本当に真実を求めている者が依頼出来なくなるだろう?』

 白は、ん? と同意を求めるような微笑と共に、ほんの少し首を傾げた。


「……ぁ、ありがとうございます」
 聖花はどう返答してよいのかわからず、ありがたく感じる気持ちを素直に溢す。


『ふっ。可笑しな依頼者だな。用件を』
 お礼を言われる意味が分からない。というように小さく吹き出す白は、聖花の話を促した。


「は、はいッ」
 気合いを入れなおす聖花は凛と背を正し、意を決したように話し出す。