幽鬼は現れないまま、また数日が過ぎた。すっかり秋も深まってきており、頬を撫でる風はひんやりと冷たい。
(あんまり寒くなると幽鬼も出てこなくなってしまうのでしょうか)

 そんな香蘭のもとに夏飛が訪ねてきた。
「頼まれていた件、調べがつきましたよ。たしかに女官たちの間で流行していますね」
 明琳が女官たちへの土産にしたという腕輪、やはりどうにも引っかかり彼に調査を依頼していたのだ。
 いつ、どうやって千華宮で流行り出したのか。きっかけを作ったのは明琳なのか。
「かわいらしい雰囲気に手頃な値段。人気が出るのもわかりますし、なにがそんなに気になるんですか?」
 香蘭は遠くを見るように目を細めた。
「あれのルーツは呪具なのです」
「呪具?」
 聞き慣れない言葉だったのか、夏飛はオウム返しにつぶやく。
「そう。妖術師が呪いに使う道具のこと」
『まじない』と『呪い』は本質的には同じ。願いが叶うというかわいらしいまじないの腕輪は、もともと呪いに使われるものだった。
(呪具の場合、ガラス玉ではなく半貴石を使うことが多かったと聞きますが)
 その石に妖術師の呪いを閉じ込める。すると身につけた人間に呪いが発動するという仕組みだ。なので本来は贈られたくない代物だったはず。
 けれど、いつしか悪意が抜け、呪いがかわいらしいまじないにかえられ、ただの装身具として定着したのだろう。蘭朱の生きていた時代にはすでにそうなっていて、高価な半貴石ではなくガラス玉。貴族よりは庶民の間で流行していた印象だ。