合格発表の日、スマホで番号を確認する。
【桜高校に合格した】
一番最初に報告したのは美羽だった。他に友達もいないし、親よりもずっと近い存在となっていた。
【おめでとう。私も桜高校に合格したよ】
学業が優秀だったので、美羽は余裕で合格した。
桜高校は、芸能活動やアルバイトに寛容な高校でもあった。
雨のアイコンは見慣れていて、むしろ見ていると、落ち着くくらいになっていた。
あえてひらがなでメッセージを入れるのが常だった。美和とつながっている自分と美羽とつながっている自分のどちらも取りこぼしたくないということが一番の理由だった。だから、メッセージを入れるときはいつもひらがなで「みわ」と呼んでいた。
桜高校の校章は女子高らしい桜が満開なデザインで、校歌も女子高の名残をとても感じる。同窓会の名前も桜華会と書いてあり、華やかできれいな印象を受けた。これは、男子が入りづらいのもわかる。この高校には女子サッカー部があるにもかかわらず、男子サッカー部はないらしい。多分人数の関係で集まらないのだと思うのだが、フットサル同好会と書いてあった。圧倒的に部活も女子優先で男子が入っていいのかも一瞬躊躇する。
美羽に感謝しているのは事実だった。
存在が大きくなっているのも事実だった。
もうすでに、日常の中に美羽がいる。
急に朝起きて顔を洗わないのと同じくらい連絡をしないことに違和感があった。
雨のアイコンも何百回と見たと思う。
時々、辛い時は電話もした。
世界の終わりを感じた崖っぷちに立っていた流希亜にとって、最後の砦となってくれた存在だった。
もし、彼女がいなかったら世界の終わりを迎えていたかもしれない。
今、流希亜はここにいなかったかもしれない。
【明日、卒業式の後に話したいことがある】
メッセージを送る。
ずっとつながっていたい。
たとえそれがネット上だとしても。
既読がついたにもかかわらず、返信に時間がかかっていた。いつも即効返信主義の美羽にしては珍しい。
少ししてから、待ちわびた音が鳴る。
【わかった】
思っていた以上に彼女とのやりとりは流希亜にとって生命線だった。
思っていた以上に大切な人だったことに気づく。
お礼がしたい。気持ちを伝えたい。
美和の代わりになってくれた人。
いつも優しい言葉を返してくれた人。
いつのまにかかけがえのない存在になっていた。
Miwaのアイコンに送信した愛の言葉は美和に送っているつもりだった。
でも、いつの間にか美羽に送っていたのかもしれない。
そんなことに今更気づく。
いつも近くで支えてくれた人。
世界の終わりだと思えた時に、傍にいてくれた人。
もし、最初に言っていた死ぬという話が本当ならば――会えないなんて嫌だ。失いたくない。想像以上に強い感情が芽生えていた。
【俺、美羽のことが大切だ。だから、関係を失いたくない。美羽が好きだから】
初めてメッセージ上で美羽に告白してしまった。半ば勢いだった。
もし、卒業後に彼女が死んでしまったら、一生想いを届ける手段は無くなる。
今、つながっているうちに気持ちを伝えよう。
あんなに美和のことを好きだと言っていたのに、調子のいい男だと思われただろうと流希亜は自覚していた。
翌日、春のはじまりを感じる空気を吸いながら、卒業式を迎えた。桜が舞い散る季節。
式は滞りなく終了した。美羽はいない。多分屋上だ。流希亜は一目散に走る。
息切れしながら、流希亜はいつも屋上と保健室が落ち着くと言っていた美羽のことを思う。彼女がもし、本当にタイムリープしたのならば、卒業式の後、自分で命を絶とうとした瞬間に後悔したことを思い出したのだろうと思った。たしかに、美羽は卒業式の日から来たと言っていたから。
「やっぱりここか。きっと今日、ここで君は死ぬと思ったんだ」
息切れした流希亜の先には屋上の柵の外に立っている美羽がいた。
ふりむく美羽。
「なんでわかったの?」
「保健室の先生が不在だから、健康診断書を勝手に見せてもらったんだ。君に持病はなかった。健康だと書かれているのを確認した。最初から君は自殺するつもりだったんだって気づいたんだ。君は親からひどい仕打ちを受けていた。タイムリープする前には俺とは友達ではなかった。つまり、親しい友達はいなかったんだろ」
「ありがとう。私は推しと幸せな時間が過ごせたことが満足だから」
ちらりとこちらを向くが、屋上の下に視線を戻す美羽。
「でも、まだ君がやりとげていないことがあるんじゃないか? 本当に恋する相手をみつけるってノートに書いただろ」
「それは、あなたが勝手に書いたものじゃない」
「でも、俺は勝手に書いたけどそれをやり遂げて幸せになってほしいんだ」
「でも、私なんて好きになる人はいないと思うんだ」
「ここにいる」
真剣な瞳で見つめる。恥ずかしいはずの言葉を目を逸らさずに言える自分がいることに驚く。春先、保健室でくすぶっていた自分ならば絶対に言えなかっただろう。なんて無謀な勇気をもってしまったのだろう。
「俺にとって君は必要な存在だ。だから、生きて」
「推しと恋愛は別物だから」
「もう、推し以上の友達だよ。君は大切な存在だから、ずっとそばにいて」
戸惑う彼女と生きてほしいと願う。
美羽の瞳からは涙が自然とあふれていた。
頬を伝う涙をそっと柵越しに拭う。
そして、柵の向こうに流希亜も飛び降りる。
少しでも彼女のそばで支えたい。この一年、彼女が自分を支えてくれたように。
ねがいを込める。
「生きて」
彼女の体は華奢だ。折れてしまいそうで、少し心配だった。壊れないように、大切にそっと抱きしめる。
風が頬を撫でる。涙が風に吹かれてどこかに流れていく。
ノートを取り出し、『本当に恋する相手をみつける』という部分に線を引く。
「死ぬまでにしたいことじゃなくて、このノートはこれからやりたいことを書こう。これからは生きてやりたいことを二人で考えよう」
「でも、私、どうしたらいいの?」
「十八歳になったら結婚しよう。俺は、高校に入ったら芸能活動を再開する。役者として収入があれば、同年代の男よりも経済力はあると思うんだ。霧生さんにも連絡しているし、桜高校の許可ももらっている」
「私でいいの? というか芸能活動再開するの?」
「君じゃなければだめだ。芸能活動は再開するよ。君が怯えた日々を取り戻そう。もう青いアザなんて一生無縁になるようにさ」
「私は青いのかもしれないね。青春に憧れて、ただ、やりたいことをやった。推しだと言ってわがままを貫いた。アザができた時の対処の仕方も未熟だった」
「アザって治る過程があって、青から紫になって肌色になっていく。気持ちもすぐに治らなくても少しずつ治癒すると思うんだ。高校を卒業したら、結婚しよう」
「え……」
「もう決定事項だから、拒否権はない」
こんなにも自分の意見が貫ける人間だっただろうか。
「俺たちはまだ子供かもしれない。でも、本当に子供じゃなくて、大人になりかけた人間だ。できないこともあるかもしれないけど、できることもたくさんある。今、できることを精一杯やろう。俺はもう大切な人を失いたくない」
卒業証書を桜舞う空に掲げて二人は生きる道を選ぶ。それがどんなに前途多難だとしても、きっと二人ならやっていけると思うから。
「これからは今日が世界の始まりだと思うようにするよ」
「どういう意味?」
「中学校を卒業して、高校に入学して新しい世界が始まる。今日から俺たちは変われるかもしれない」
「変われないかもしれないよ」
否定的な美羽。
「そんなのわかんないよ。でも、どこかでみんなどうせ裏表があって本当に信じられないっていうのは身をもって感じてる。でも、高校生活への期待がゼロではないんだよな。俺は、自殺に追い込んだ殺人犯だって全生徒に嫌われてしまった。あんなに慕ってくれていた奴らも手のひらをかえしたかのように散っていった。若干十五歳で、人間の本質を身をもって感じたのは辛かった。受験期。俺が世界が終わると思えた時に、いつもそばで見守ってくれていたのが美羽だった。いつも身近で安心できた。世界とつながる手段が美羽だけだったんだ。世界が終わってもいいって思っていたのに、時間が経つとそんなこと思えなくなっていたりするもんだな」
「今、見えている世界は永遠じゃないと思うの。大学や専門学校に進学するかもしれないし、就職するかもしれない。私たちを取り巻く世界も人もきっとずっと変化するんだと思う」
「今、もし、暗い世界にいたとしても、それが永遠じゃないってことなんだな」
お互いに自然と手をつなぐ。
「気持ちの持ちようで世界は変わるのかもしれないな。女子が多い高校で男友達できないかもしれないけれど、少ない男子で団結できるかもしれない」
世界を終わらせることは簡単なことなのかもしれない。
終わらせないことのほうが難しいのかもしれない。
少し待てば世界が変わって見えるかもしれない。
今までの自分から卒業しよう。
流希亜が芸能活動を再開するきっかけになったのは美羽の言葉だった。
でも、また再開したいと願っていた自分がいたことに気づかされたというほうが正しいのかもしれない。卒業は人生の中でつきまとうものかもしれない。
でも、自分の意志をきっちり持っていれば、二人ならば――これから起こる辛い現実にも立ち向かえると思うんだ。
【桜高校に合格した】
一番最初に報告したのは美羽だった。他に友達もいないし、親よりもずっと近い存在となっていた。
【おめでとう。私も桜高校に合格したよ】
学業が優秀だったので、美羽は余裕で合格した。
桜高校は、芸能活動やアルバイトに寛容な高校でもあった。
雨のアイコンは見慣れていて、むしろ見ていると、落ち着くくらいになっていた。
あえてひらがなでメッセージを入れるのが常だった。美和とつながっている自分と美羽とつながっている自分のどちらも取りこぼしたくないということが一番の理由だった。だから、メッセージを入れるときはいつもひらがなで「みわ」と呼んでいた。
桜高校の校章は女子高らしい桜が満開なデザインで、校歌も女子高の名残をとても感じる。同窓会の名前も桜華会と書いてあり、華やかできれいな印象を受けた。これは、男子が入りづらいのもわかる。この高校には女子サッカー部があるにもかかわらず、男子サッカー部はないらしい。多分人数の関係で集まらないのだと思うのだが、フットサル同好会と書いてあった。圧倒的に部活も女子優先で男子が入っていいのかも一瞬躊躇する。
美羽に感謝しているのは事実だった。
存在が大きくなっているのも事実だった。
もうすでに、日常の中に美羽がいる。
急に朝起きて顔を洗わないのと同じくらい連絡をしないことに違和感があった。
雨のアイコンも何百回と見たと思う。
時々、辛い時は電話もした。
世界の終わりを感じた崖っぷちに立っていた流希亜にとって、最後の砦となってくれた存在だった。
もし、彼女がいなかったら世界の終わりを迎えていたかもしれない。
今、流希亜はここにいなかったかもしれない。
【明日、卒業式の後に話したいことがある】
メッセージを送る。
ずっとつながっていたい。
たとえそれがネット上だとしても。
既読がついたにもかかわらず、返信に時間がかかっていた。いつも即効返信主義の美羽にしては珍しい。
少ししてから、待ちわびた音が鳴る。
【わかった】
思っていた以上に彼女とのやりとりは流希亜にとって生命線だった。
思っていた以上に大切な人だったことに気づく。
お礼がしたい。気持ちを伝えたい。
美和の代わりになってくれた人。
いつも優しい言葉を返してくれた人。
いつのまにかかけがえのない存在になっていた。
Miwaのアイコンに送信した愛の言葉は美和に送っているつもりだった。
でも、いつの間にか美羽に送っていたのかもしれない。
そんなことに今更気づく。
いつも近くで支えてくれた人。
世界の終わりだと思えた時に、傍にいてくれた人。
もし、最初に言っていた死ぬという話が本当ならば――会えないなんて嫌だ。失いたくない。想像以上に強い感情が芽生えていた。
【俺、美羽のことが大切だ。だから、関係を失いたくない。美羽が好きだから】
初めてメッセージ上で美羽に告白してしまった。半ば勢いだった。
もし、卒業後に彼女が死んでしまったら、一生想いを届ける手段は無くなる。
今、つながっているうちに気持ちを伝えよう。
あんなに美和のことを好きだと言っていたのに、調子のいい男だと思われただろうと流希亜は自覚していた。
翌日、春のはじまりを感じる空気を吸いながら、卒業式を迎えた。桜が舞い散る季節。
式は滞りなく終了した。美羽はいない。多分屋上だ。流希亜は一目散に走る。
息切れしながら、流希亜はいつも屋上と保健室が落ち着くと言っていた美羽のことを思う。彼女がもし、本当にタイムリープしたのならば、卒業式の後、自分で命を絶とうとした瞬間に後悔したことを思い出したのだろうと思った。たしかに、美羽は卒業式の日から来たと言っていたから。
「やっぱりここか。きっと今日、ここで君は死ぬと思ったんだ」
息切れした流希亜の先には屋上の柵の外に立っている美羽がいた。
ふりむく美羽。
「なんでわかったの?」
「保健室の先生が不在だから、健康診断書を勝手に見せてもらったんだ。君に持病はなかった。健康だと書かれているのを確認した。最初から君は自殺するつもりだったんだって気づいたんだ。君は親からひどい仕打ちを受けていた。タイムリープする前には俺とは友達ではなかった。つまり、親しい友達はいなかったんだろ」
「ありがとう。私は推しと幸せな時間が過ごせたことが満足だから」
ちらりとこちらを向くが、屋上の下に視線を戻す美羽。
「でも、まだ君がやりとげていないことがあるんじゃないか? 本当に恋する相手をみつけるってノートに書いただろ」
「それは、あなたが勝手に書いたものじゃない」
「でも、俺は勝手に書いたけどそれをやり遂げて幸せになってほしいんだ」
「でも、私なんて好きになる人はいないと思うんだ」
「ここにいる」
真剣な瞳で見つめる。恥ずかしいはずの言葉を目を逸らさずに言える自分がいることに驚く。春先、保健室でくすぶっていた自分ならば絶対に言えなかっただろう。なんて無謀な勇気をもってしまったのだろう。
「俺にとって君は必要な存在だ。だから、生きて」
「推しと恋愛は別物だから」
「もう、推し以上の友達だよ。君は大切な存在だから、ずっとそばにいて」
戸惑う彼女と生きてほしいと願う。
美羽の瞳からは涙が自然とあふれていた。
頬を伝う涙をそっと柵越しに拭う。
そして、柵の向こうに流希亜も飛び降りる。
少しでも彼女のそばで支えたい。この一年、彼女が自分を支えてくれたように。
ねがいを込める。
「生きて」
彼女の体は華奢だ。折れてしまいそうで、少し心配だった。壊れないように、大切にそっと抱きしめる。
風が頬を撫でる。涙が風に吹かれてどこかに流れていく。
ノートを取り出し、『本当に恋する相手をみつける』という部分に線を引く。
「死ぬまでにしたいことじゃなくて、このノートはこれからやりたいことを書こう。これからは生きてやりたいことを二人で考えよう」
「でも、私、どうしたらいいの?」
「十八歳になったら結婚しよう。俺は、高校に入ったら芸能活動を再開する。役者として収入があれば、同年代の男よりも経済力はあると思うんだ。霧生さんにも連絡しているし、桜高校の許可ももらっている」
「私でいいの? というか芸能活動再開するの?」
「君じゃなければだめだ。芸能活動は再開するよ。君が怯えた日々を取り戻そう。もう青いアザなんて一生無縁になるようにさ」
「私は青いのかもしれないね。青春に憧れて、ただ、やりたいことをやった。推しだと言ってわがままを貫いた。アザができた時の対処の仕方も未熟だった」
「アザって治る過程があって、青から紫になって肌色になっていく。気持ちもすぐに治らなくても少しずつ治癒すると思うんだ。高校を卒業したら、結婚しよう」
「え……」
「もう決定事項だから、拒否権はない」
こんなにも自分の意見が貫ける人間だっただろうか。
「俺たちはまだ子供かもしれない。でも、本当に子供じゃなくて、大人になりかけた人間だ。できないこともあるかもしれないけど、できることもたくさんある。今、できることを精一杯やろう。俺はもう大切な人を失いたくない」
卒業証書を桜舞う空に掲げて二人は生きる道を選ぶ。それがどんなに前途多難だとしても、きっと二人ならやっていけると思うから。
「これからは今日が世界の始まりだと思うようにするよ」
「どういう意味?」
「中学校を卒業して、高校に入学して新しい世界が始まる。今日から俺たちは変われるかもしれない」
「変われないかもしれないよ」
否定的な美羽。
「そんなのわかんないよ。でも、どこかでみんなどうせ裏表があって本当に信じられないっていうのは身をもって感じてる。でも、高校生活への期待がゼロではないんだよな。俺は、自殺に追い込んだ殺人犯だって全生徒に嫌われてしまった。あんなに慕ってくれていた奴らも手のひらをかえしたかのように散っていった。若干十五歳で、人間の本質を身をもって感じたのは辛かった。受験期。俺が世界が終わると思えた時に、いつもそばで見守ってくれていたのが美羽だった。いつも身近で安心できた。世界とつながる手段が美羽だけだったんだ。世界が終わってもいいって思っていたのに、時間が経つとそんなこと思えなくなっていたりするもんだな」
「今、見えている世界は永遠じゃないと思うの。大学や専門学校に進学するかもしれないし、就職するかもしれない。私たちを取り巻く世界も人もきっとずっと変化するんだと思う」
「今、もし、暗い世界にいたとしても、それが永遠じゃないってことなんだな」
お互いに自然と手をつなぐ。
「気持ちの持ちようで世界は変わるのかもしれないな。女子が多い高校で男友達できないかもしれないけれど、少ない男子で団結できるかもしれない」
世界を終わらせることは簡単なことなのかもしれない。
終わらせないことのほうが難しいのかもしれない。
少し待てば世界が変わって見えるかもしれない。
今までの自分から卒業しよう。
流希亜が芸能活動を再開するきっかけになったのは美羽の言葉だった。
でも、また再開したいと願っていた自分がいたことに気づかされたというほうが正しいのかもしれない。卒業は人生の中でつきまとうものかもしれない。
でも、自分の意志をきっちり持っていれば、二人ならば――これから起こる辛い現実にも立ち向かえると思うんだ。