いきなり目の前に現れたお兄さん。
自分の名前を小金(こがね)と名乗った。
連絡先を交換して下の名前も分かるかなと思ったけどそこにも「小金」としか書かれていなかった。
大学2年生。19歳。男。身長183センチ。真っ黒な癖っ毛の髪の毛を目元まで伸ばしていて前は見えずらいらしい。
そんなどうでもいいことは教えてくれるのに下の名前は自分から言わないから強く聞くこともできなかった。
そんな小金さんからめっちゃ頻繁に連絡が来る。
▷おはよ~
▷今日も学校?
▷俺今日寝坊した
とか
▷今なんの授業受けてんの?
とか
▷バイト行ってくる
▷返事遅くなっちゃうけど気にしないで
とか
あのお昼いらい私は学校で独りぼっちだったから、暇つぶしが出来て気がまぎれてよかったし、今までは永遠に感じていた学校の時間が少しだけ早くなったように感じた。
最初こそ遠慮して聞かれたことだけに答えていたけどそれも1か月近く続くとなんとなくほんとにこの人は私の話を聞いてくれているような気がして、自分から嬉しいことも悲しいことも言い出すようになってしまった。
▶さっき隣の席の子が消しゴム拾ってくれた
▶笑顔で「落としたよ」って 嫌われてない かも
▷おっよかったじゃん!
▷今度話しかけてみたら?
▶むりむり!ここで調子乗ったらすぐダメになるからいつもどおりでいいの
▷そっか~ でも1歩前進じゃん?
▶うん!
こんな話もするし
▶また部活で怒られた 才能ない
▷なにで怒られちゃったの?
▶トロイって
▷ひどいね 今時そんなこと言うやついるんだな
▶もうやだ やめたい
▷今日あの公園行こうか? 
▶うん
こんな会話もする。
小金さんにしゃべるとすごく気持ちが楽になる。
たまにウザがられてるんじゃないかって、もう嫌気さしてるんじゃないかって、学校では私の事うざいって言いふらしてるんじゃないかって、思っちゃうこともあるけど、どうしても甘えてしまう。
はじめてこうやって優しくしてもらったから甘え方が分からない。
これが過剰なのか、甘えるってこういうことなのか、難しい。
もうきっと嫌われてるから頼るのやめようって思っても、小金さんから連絡をくれるからまた甘えてしまう。
小金さんなら、信じてもいいのかな。って。
目の前で話を聞いてくれる小金さんを見てそんな贅沢なことを考えてしまう。

「ねえ、言いたくなかったらいいんだけどさ」
公園で小金さんが聞きづらそうに口を開いた。
「こないだ、私をこんな性格にした人がいるんだ。って言ってたでしょ?」
自分のネガティブすぎる性格を恨んでポロっと口に出してしまったことだった。
「何があったのか教えてほしいんだ」
私の事なんかに興味を持ってくれるんだ。
小金さんはもう1度「言いたくなかったらいいからね」と付け加えたけど小金さんになら言ってもいいかな。
「長くなっちゃうけど。それでもよかったら、小金さんにならいいよ」
小金さんの「大丈夫」という言葉をスタートの合図にして私は息を吸った。

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中学生の時、習い事でバドミントンをしていた。
小学生の時からやってたけど中学生になって指導者が変わって、まったく新しいチームになった。
その指導者がひどかった。
私は実力はないのに1番年上っていう理由だけでキャプテンをやっていたのでこのチームを引っ張っていく責任がある。
それでも年下の子の方が強かったり、キャプテンになる前にみんなとそこそこ仲良くしていたのもあって、指示を聞いてくれない子が沢山いた。
「早くシューズはいて準備してね!」
「走り回ってないで手伝って!」
大きな声を出すことも沢山。
メニューに文句を言われてしまって練習が進まないこともよくあった。
そんなとき、決まってコーチは私を叱る。
「なんで○○が言う事聞かないか分かる?お前が弱いからだよ」
って。
私が弱くてなよなよしてるからみんなが言う事を聞いてくれないらしい。
ほかにも
「おと、お手本」
と言われてたのでみんなの前でフットワークをやると
「いま、おとのフットワークが最悪だったことはみんな分かると思うんだけど、じゃあ、1番左の○○からおとの悪いところ教えてあげて」
っていわれてそこから20人近くの年下から私のどこが良くなくて何がだめなのか言われるという公開処刑にあったこともある。
ゲーム練習をしても私にはアドバイスを1つもしてくれなかった。
もらう言葉は「これが出来てない」「いままで何を練習してきたの?」「やる気ないなら帰っていいよ」という言葉ばかりで、引退する3年生の夏まで私だけ、うまくなるためには独学で勉強するしかなかった。
それでもやめなかったのは私がやめて次キャプテンになる子が私と同じ屈辱を味わうと言う事が申し訳なかったから。

学校でも私に人権はなかった。
顔がかわいくないから陰で沢山ひそひそ言われた。
頭も悪いし可愛くないし体も華奢だったから何をとっても誰かとの比較対象にされて私のいないところで笑いものにされた。

習い事でキャプテンをしていた2年半で自分の才能のなさ、価値のなさ、なにもできない人間だと言う事、存在が迷惑だと言う事を学び、中学校3年間で自分の醜さ、馬鹿さ、誰かのサンドバックになることしか存在価値がないと言う事を学んだ。
これは私の脳裏にしっかりと焼き付いて、私はそうなんだと、私自身ももう疑っていなかった。
私が人よりも優れていることがあるわけがない。
私が誰かに好かれるはずがない。
私が誰かの役に立つはずがない。
みんなが私にそう教えたのに、私がそう言うとみんな「ネガティブなことばっかり言って」「フォローするのも疲れる」「そんなことないよ待ちでしょ」「おとと居ると気持ち下がる」って言ってくる。
私はどうすればいのか分からなくて、迷走して、変なおバカキャラ装って、次は何を言っても馬鹿にされるようになった。
「おとの言ってることはもう無視でいいよ」「まーたおとが変なこと言ってる~」「おと、あんた普通じゃないよ」
みんなにばかにされた。それでも中学の時よりましだった。みんなが私で笑ってくれるから。
だから「あれ~おかしいな~」って笑い続けた。
言いすぎじゃない?って思っても私そんなにおかしなこと言ったかなと思ってもみんなの空気を壊さないために、嫌われないために、捨てられないために、たくさんたくさん笑い続けた。
笑い続けてたら、ある日急にガタが来て、目の前が真っ暗になった。
起き上がれない。ご飯がのどを通らない。もう終わった事のはずなのに、コーチに言われてたことがコーチの声で私の頭の中で繰り返されて払っても払ってもあの日、あの時、言われ続けてきた言葉たちが頭の中を支配した。
それに耐えられなくて、どうしようもなくて、でも自分でどうにかするしかなくて、自分のいろんなところを画鋲で刺した。
痛みが心地いい。パンパンに膨れ上がった水風船に針をさすような感覚。気持ちよかった。
そのおかげで重い体を引きずってではあるけど学校に通えた。
それでもあふれ出てくる気持ちが抑えられなくてぬいぐるみに沢山話した。
そしたらまたコーチやクラスの人が頭の中で私を責めるから、気持ち悪くなって吐いた。沢山吐いて私の体重は平均体重を大きく下回る37キロになっていた。身長は平均身長より少しだけ大きかったから目に見えてげっそりした私を見てクラスの人たちは魅力がないと言って、痩せてる自慢だと言って、また笑いものにした。
部活ではついていけなくなって先輩には嫌な目を向けられるようになった。

約1年かけて今では普通に学校に行けるまで回復したけど精神的な病は完治することはなかなか難しい。
完治ではなく寛解(かんかい)という言葉を使う。
理由としてはいつ再発してもおかしくないから。
うちは親がそこまで理解ある親ではなかったから定期的に行かなきゃいけないカウンセリングもお金の都合でかなり少なめに設定してもらってる。
だから回復にも時間がかかる。

世間は冷たい。
こんな話をすれば「闇アピだ」「メンヘラだ」と話のネタにされるだけ。
だからあまり話さずにいたの。


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「長くて、ごめんなさい」
話しきって、少しだけ息を整えて、また話過ぎてしまったと少し反省した。
スマホも触らず聞いてくれるからやっぱり甘えてしまう。
ここまで全部話すつもりじゃなかったから。

でも、さすがの小金さんも黙りっぱなしで、なにも言ってくれなかった。
やばい。話過ぎた。引かれた。また、やってしまった。
嫌な考えが頭をぐるぐる回る。
怖くて小金さんの方を見れない。
ベンチに座っていた小金さんは静かに立ち上がった。
帰ってしまう。
私の話に嫌気がさして。
やだ。
やだ。
また失う。やっぱり話すんじゃなかった。
心臓がドクドクと音を鳴らす。
両手をぎゅっと結んで俯く私の頭に、重くて、でも優しい何かがポンとおかれた。
恐る恐るゆっくりと顔を上げると
優しくて、でも悲しそうな顔をする小金さんの手が私の頭に伸びていた。
「頑張ったね。辛かったでしょ」
そう言って頭をなでててくれた。
心がキュッとなる。
受け入れてくれた。
嬉しい。
「俺はそいつらとは違うよ」
さっきまでの優しい声とは違う、力強い声がまた私に都合のいい解釈をさせてしまう。

もう遅いからと家まで送ってくれた小金さんに感謝の連絡を入れようと思ってスマホを開いた。

そのとき、同時に来た小金さんからの通知。

それを見て頭が真っ白になった。

息が、詰まった。

きっと人違いで私に送られてきてしまった言葉。


▷あの女めんどくさすぎる どうにかして