上手くできない。
人と普通に接せられない。
みんなみたいに「普通」ができない。
難しい。
「どこ行きたい?」
そう問われるのが嫌だった。
「どこでもいいよ」
こう答えると「あー」って苦笑いを付属させ
て選手交代。
「〇〇ちゃんはどこがいい?」って。
やばい、間違ったと思って
「じゃ、じゃあやっぱりここ行きたい」
って割って言ったら
「そこで何するの」ってさっきの苦笑いに呆 れがサービスされてついてくる。

ほら。
もう何が正解か分からずに黙っているとたい
していきたくもないテーマパークに決定し
た。
どこでもいいよと言ってしまったから文句言
えないけど、私ははしゃぐのが苦手だからテ ーマパークはちっとも行きたくなかった。
それでも行った。
案の定、最後は「もう、かえるか」
ってみんなが待ってた言葉を誰かが言って明
るいうちにお開きになった。
数日後、私を抜いた4人でそのテーマパーク
に行っているSNSが更新されて、私はそれを
見て見ぬふりをした。
見て見ぬふりをし続ければいいのに。みんな
もあんなことしたなら私をとことん省いてく
れればいいのに。グループにはおいてくれる
から、学校でご飯食べているときについ言っ
てしまった。
「テーマパーク、みんなでもう1回行ったん
だね」って。
笑って返ってくると思ってた。この返事で、
私はここにまだいていいのか判断しようと思
ってたんだと思う。
いつもみたいに冗談にして、見え見えな嘘を
ついてくれると思ってた。
でも違った。
「あー……」
他の4人が目を合わせた。
「あんたが何か言ってよ」「無理無理何とか
してこの空気」
目でしゃべっていた。
心臓がバクバクした。
今しでかした失言とこの空気に耐えかねて。
数秒前に戻って言葉をかき消したい。
思ってた反応と違った。
今、この瞬間、私が自分で明確に、このグル
ープに自分と4人の間に亀裂を入れた。
この時鳴ったチャイムを私を永遠に忘れない
と思う。
ホッとした気持ちと弁解できなかったという
ドロドロとした感情が渦巻く、そんなチャイ ムだった。


私のスマホの検索履歴には常に2つの言葉が
あった。
[気分変調症]
[不安障害]
どちらもお医者さんにつけてもらった私を象
徴する名前。
簡単に説明すると気分変調症は軽度の鬱状態
が2年以上続くもの。
不安障害は日常生活に影響を及ぼしてしまう
ほどの過度な不安に駆られるもの。
どっちも原因はわかってる。

私を一言で表すと「ネガティブ」だ。
自分に自信なんて1ミリもないし、自分への
存在価値なんて見いだせたことがない。
私は人よりも何かを習得するのに5倍以上の
時間と労力を要した。
それは勉強においてもスポーツにおいてもな
んでもそうだった。
だからみんなが自虐と感じるものが私には通
常なのでポロっと口から出た言葉でみんなを
困らせる。
「そんなことないよー」と言ってほしいわけ
じゃないはずなのにそういってもらえないと
「あ、私ってやっぱりそうなんだ」と不安に
かられてまたネガティブ思考が止まらない。
1日何気なく過ごせてもお風呂や布団の中で
「あれって失言なんじゃ……」「あの時私ち
ゃんと返事したっけ、もしかして返事してない?」「あの時のあの言葉もしかして違う風にとらえられてない?」と悪い方にどんどん
考えこんじゃって大反省会が始まる。

正直生きにくかった。
私が1番ブスで何もできないのに、私より顔が良くて、テストの点数が良くて、部活でも好成績な子が「私ブスだから……」
「私ほんと何も出来ないいんだよね」というのが心から腹立たしくて。それにイライラしてしまう自分も惨めで。
誰も認めてくれない。愛してくれない。心の
底から信じられる人がいない。
私が生きていても迷惑なだけ。
誰も私が死んで悲しむ人はいない。
ずっとそう思って生きてきた。
だから

死んでしまおう。

死んだら楽になれる。

インフルエンサーが画面の向こうから言ってきた。

「学校に行けて、ご飯食べられて、かわいい服着れて、ふかふかの布団で寝られることに感謝しなくちゃいけない」
「生きてたらいいこと絶対ある」
「いやなことは寝て忘れよう」
「私はあなたの味方だから」
「いやな事言ってくる奴は無視すればいい」
「生きてるだけで偉い」

うるさい。
黙れ。
そんなのは人生成功組の戯言(たわごと)だ。
机の中から紙を引っ張り出して遺書を書いた。
私の性格をここまで生きづらくした元凶に向けて、学校の子に向けて、こないだ死んだ金魚に向けて、家族へ向けて。
あと、健康ではあるので私の内臓及び使えるものは全て使ってほしいと最後に添えて。
いつもと変りなくお風呂場に向かった。
このために新調したナイフ形のカミソリをもって。
カッターの刃じゃ心もとなかったからカミソリを選んだ。
湯船につかって体を温める。
いい人生だったのだろうか。
そうは思えない。
私が死んだとき誰が悲しんでくれるんだろう。
誰がお葬式に来るんだろう。
みんな義務感で来るのかな。
あいつやあいつはちゃんと不幸になるだろうか。
私の遺書が見つかって、ちゃんと不幸になりますように。
死ぬ直前でも思い出すのはやっぱり私をこうしたあいつらの顔だった。

さあ、もういいでしょ。

やり方はよく分からないからお風呂の塀に腕を置いて下に押し付けるようにして力いっぱい押し込んだ。
刃が押し込まれた手首を動かさないようにゆっくり、ゆっくりカミソリを引いた。
途中手首の筋っぽいところに引っかかったけど気にせず引いた。
筋を越えてガタンとなった衝撃でさっきまでより深くまで刃が刺さる。
カミソリをもっている右手にはぷつぷつと何かが切れる感触が伝わってきた。
息をするのも忘れて一心に引いた。
これで、やっと終われる。
そんな気持ちで。


傷口には1本の赤い線が付いただけだった。
多量出血なんか程遠い。
爪で傷口を広げようとしたり、シャワーで傷口を開こうとしたり、お湯の中に沈めたりしたけど。
情けない1本線と死ぬことすらできないんだという絶望感だけが私に残されたものだった。
ただ、お湯と混ざって申し訳程度に流れる血で頭も体も顔も洗いにくくなっただけだった。


気が付いたら外を歩いていた。
いつもしているイヤホンもいつの間にかつけて。
少し濡れたままの髪の毛でいつもの散歩コースを歩いていた。
もう、疲れた。
いつの間にか貼られていたばんそうこうには確かに血の跡があるのに。
どうして今私は生きてるんだろう。
人間って図太いな。
ちゃんと死ねないようになってんだ。
何もかもに疲れて、もう歩けなくて、いつもは寄らない公園に足を運んだ。
私ってホント何も出来なんだな。
もういっそ誰か殺してよ。
もう無理だよ。

「こんなところで何してるの?」

空っぽの私に馬鹿みたいにはじけた声が降ってきた。