*

「っはー! 今日も頑張った!」

 そう叫んで、私はベッドに背中から倒れ込んだ。――それは、現実世界での話で、私はユートピアでメンバー達と一緒にミッションをいくつかクリアして解散となった後、ログオフせずにVRゴーグルをした状態でユートピアに残っていた。

『なーにが頑張っただ。よく言うよ、最後のミッションでへましたくせに』

 右耳から聞こえてきたのは、猫太の声。
 隣には、猫太が座っていた。――これはユートピアでの話だ。

 私たちは、特定の人とだけ会話できる、プライベートルームという機能を使って二人だけの空間に居た。いつからかこうして時折ミッションの後に居残りして二人でだべっている。
 今日は、空の上という設定で部屋を作ったから、眼下にユグドラシルの葉に覆われたユートピア全体が一望できた。
 木々の葉が風に靡いて揺れている様、雲が流れていく様まで見え、耳をすませば鳥の鳴き声や風の音がBGM程度に聞こえてくる。
 時折、本当にこの世界にいるような感覚になるくらい、没入感に浸ることができた。

(技術って、すごいな)

 作りこまれた世界観と映像美とVR技術によって、ここまでユートピアの世界を肌で体感できるんだから驚きだ。

「う、うるさいなぁもう、過ぎたことをねちねち言うの、男らしくない」
『今のご時世、そういうのセクハラになるんだぞ、知らないのかよ』

 遅れてる~、と茶化されて私は頬を膨らませる。その顔が自分のアバターにも反映されているかどうかはわからないけど、猫太は私の顔を見て笑った。

 いいな、としみじみ思う。

 猫太とは、ユートピアの新規登録者が参加するオープニングイベントでたまたま同じチームになったのがきっかけだから、知り合ってまだ一年くらいだけど、猫太の前では私はありのままの自分でいられた。
 年齢が同じということにプラスして、好きなゲームやアニメなどの共通点も多くてとにかく話していて楽しい。
 つくろう必要のない、気の置けない関係が、とても心地よい。

「もうすぐユートピア始めて一年経つね」

 一年も飽きずにプレイしていることにも驚きだし、ずっと猫太と一緒ということにも驚く。だって、ほぼ毎日ログインしてプレイしてるってことは、毎日会ってるようなものだもん。下手したら家族より話す時間が長かったりして。

『何を笑ってんだよ』

 笑みが漏れていたらしく、私は「だって」と言い訳をする。

「私らほぼ毎日ここで顔合わせてるのに、話すことなくならないなーって思って」
『ははっ、確かにな』

 何をそんなに話すことがあるのか、というくらい話が尽きない。ゲームのことはもちろん、アニメや今の流行り、猫太の猫・もも太のことから、お互いの私生活でのことをつらつらと話してはいつも時間があっという間に過ぎていく。

「そういえば、もも太は元気?」
『相変わらず夜中にかまってモードで起こされるわ』
「あはは、そりゃ寝不足にもなるよね。ただでさえ遅くまで起きてるのに」
『ホントだよ』
「あー、いつかもも太をなでなでしたい」
『それ毎回言ってるやつな』

 二人して顔を見合わせて笑った。

『俺、今のメンバー結構好きかも』

 ひとしきり笑って、猫太が言う。

「あー、わかる。わりと合ってるっていうか……、今のメンバーになってもう三カ月くらい経つ?」
『もうそんな経つか、最長記録かもな』

 ユートピアを始めてこの一年で何回メンバー入れ替えがあったか、記憶にないほどだ。それくらい、入っては抜けての繰り返しだった。抜けていく理由は人それぞれだけれど、中でも多いのが、ホームのやり方が合わないというのが多いかもしれない。

 ユートピアでは、そのホームごとに、何に重きを置くかの基本方針みたいな、ホームカラーを選択しなくてはいけなくて、プレイヤーはその色を見て自分が入りたいホームに入団申請をするという仕組みになっている。
 ホームがメインで取り組むのが、ミッションなのか農業なのか、商売なのか、はたまた別の何かか。また、ログインできる時間帯やプレイ頻度なども鑑みて入るホームを決める。

 かくいう私と猫太も、最初は誰かが作った違うホームに入っていたけれど、やり方やメンバー同士の相性のよいホームになかなか恵まれなくて、「じゃぁ二人で作っちゃおうか」となった。

 試行錯誤で運営してきた末、メンバーを「学生限定」にしたことでやり取りに気まずくなることなく気楽にやれている感じだった。

「ホントの世界がユートピアだったらよかったのに」

 ぽつりと零れ落ちた私の言葉は、決して叶うことのない望み。

『まぁ、なんてったって、理想郷だかんなー』

 いがみ合うことも、邪魔されることもないから、ユートピアはいつも平和でみんなに優しい。「悪意」や「魔物」という共通の排除すべき敵がいて、みんなのベクトルが同じ方向を向いているからだ。

「ずっとここにいたい」
『……高校つまんねぇの?』
「つまんないね」
『友だちは』
「いるような……いないような……」

 曖昧な返事に、猫太は「そっか」と短くつぶやく。

「学校行く意味がわかんないんだよね。友だちと喋っててもつまんないし、役に立つかもわからない授業もつまんない。なんで私ここに居るんだろう、ってずっと思ってる」

 すらすらと、胸の内が口をついて流れ出た。
 猫太は、相槌を打ちながら私の話を聞いてくれている。

「やりたいことがないから勉強もモチベが保てない。学校の退屈な時間が無駄に思えて仕方ないんだ」

 つまらない授業を受けるより、くだらない会話に愛想笑いを浮かべるより、この世界で猫太やメンバーのみんな、他のプレイヤーたちと一緒に過ごす方がよっぽど刺激的で有意義だ。

「だからって、学校に行かない度胸もないんだけどね」
『……学校行かないって選択は、普通じゃなかなか選べないんじゃね』
「だよね……。行かないと人生詰んだ感ある。よっぽど頭よくて起業とか、特技あってユーチューバーとか? 特殊な道しか残されてない気がする」
『だなー……。俺だって、学校つまんねぇし、だりーけど、行かなきゃヤバいって思ってるから嫌々行ってるしな』

 高校は卒業しないといけない、という漠然とした脅迫感というか危機感がかろうじて私を学校へ向かわせている。

「なんか部活とかに打ち込められてたらもっと違ったんだろうけど」
『無理無理。俺らネトゲヲタクだから』
「ふっ……ふふ、だよね、無理だよね!」

 ほら、気づけばまた笑ってた。
 悩みが解決したわけでもないのに笑えてる今があることが、せめてもの救いだった。