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「私、やってみるよ」
『本気かよ』
『危ないよ! 漱石がやらなくても、他の人が現れるかもしれないんだ、わざわざ危険な所に自分から飛び込むなんて――』
「――現れなかったら?」
『……それは……』
「もし、次の選ばれし者が現れるより先にユグドラシルの体力が底を尽きたら、あの子はそのまま目を覚まさないかもしれないってことでしょ」

(そんなの、絶対嫌)

 少しでも可能性があるなら、私はその道を選びたい。
 しなかった後悔は、もうこりごりだ。

 これまで私は、何をやっても「そこそこ」で中途半端だった。
 そんな自分が嫌なのに、私は人のせいにして逃げてばかりいて、どうにもできない自分を認めることも変えることもできなかった。

 でも、私は()で、決して誰か(・・)にはなれないし、他の誰かも私にはなれない。

(それなら私は、なりたい私になるしかないじゃない)

 向こう見ずなのは、百も承知。

(私は、もう逃げないって決めたから)

「それに、ユグドラシルが苦しんでる姿を見るの、実を言うと苦しかった」

 ゲームの中のことなのに、そう感じるのはおかしな話かもしれない。だけど、私はユートピア(ここ)で「生きている」と生を感じることができたのだ。それくらい、私の一部になっていた。

 ――だからこそ、苦しい。

 この世界に住んでいる住人も、生き物も、ユグドラシルも、実在しないはずなのに、私の中で大きな存在になってた。それが、どんどん悪意に侵されて苦しんでいる姿を見ていくのは悲しいし辛い。

 しかも、それをこの世界を作ったとされるユグドラシル自身が望んでいるなら……。

(私は、ユグドラシルの願いを叶えてあげたい)

 ましてや、マリスという訳の分からない自我とやらに、私の大好きな世界がめちゃくちゃにされてしまうのを黙って見てるなんてできるわけがなかった。

「だから私、やるよ。どうしたらいいの、ゆっぴい」

 結果的に、それが啓子を救うことになると信じて、私はゆっぴいに訊ねる。

『シンクロ率の高いお前なら造作もない。ユグドラシルの守るメインシステムに入り、システム破壊のコマンドを入力するだけだ』
「そのコマンドっていうのは?」
『俺さまは知らない。行けばユグドラシルが教えてくれるだろう』

 私は「わかった」と頷く。もう、ここまできたら、後は流れに身を任せるしかないと腹を括った。

『俺もついてく』
「猫太」と声を出せば、『止めたって無駄だぜ。最後まで付き合うって決めたんだからな』と間髪入れずに遮られてしまう。

『――おぬしはどうする? 見たところ戻りたくなさそう(・・・・・・・・)だが』

 ゆっぴいの視線が大福に注がれる。大福もまた、厳しい表情でゆっぴいを見上げていた。戻りたくないというのは、ミッションから外れたくないということだろうか。

(私としては、これ以上二人を危ない目に合わせたくないというのが正直な思いなのだけど……)

『……乗りかかった船だからね。僕も最後まで見届けるよ、漱石』
「もう……大福まで……。でも、二人が一緒だと心強いよ」

 二人には、何度感謝を伝えても足りないくらい助けられている。そのせいで、ありがとう、という言葉がとても陳腐に思えて口にする代わりにそう伝えた。

『小娘、心の準備はいいか』

 うん、と頷こうとした時、足元が揺れた。

 ――ゴゴゴゴゴゴ……

「え、地震⁉」

 遺跡全体が軋み、砂埃や欠片が天井からパラパラと落ちてきた。

『いや、地震などこの世界にはそもそも組み込まれておらん。恐らくマリスの仕業だ! 小娘の存在を嗅ぎ付けたのかもしれん』
『んだよそれ!』

 そう言えば、さっきゆっぴいに『ぷんぷん匂う』と言われたのを思い出した。シンクロ率が上がったせいでユグドラシルの匂いとやらが増して、マリスが気づいたとでも言うんだろうか。
 よくわからないけど、慌てたゆっぴいを見る限り、ただ事ではなさそうだった。

 揺れは酷くなる一方で、私は立っているのもしんどくなり地面に片膝をついてなんとか耐えるも、ガラガラと石が崩れる音がどこかから聞こえた。それは次第に大きくなっているような気もして、恐怖心が煽られる。

『時間がない! 今からユグドラシルの中にお前たちを送り込む。俺ができるのはそこまでだ。そこから深部に向かって進め! いいな!』
「えっ、ゆっぴいは⁉」
『俺はここで暴れん坊の相手でもしてやるとするか。……お前たち、後は任せたぞ。できるだけ早く頼む……!』
「ゆ、ゆっぴ――……」

 ゆっぴいに手を伸ばした私の手は空を切る。

 そして次の瞬間には、目の前の景色が白一色に覆いつくされ、そして音が消えた。