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「あー! ここも収穫なしかぁー!」

 【裏ミッションの情報求む!】というタイトルで情報を募集していた掲示板の返信を一通り見終えた私は、ホームにある椅子に座ったまま盛大に伸びをかました。どれも冷やかしや信憑性に欠ける、もしくは既に試した偽情報しかなく、何一つ裏ミッションに関する情報が得られなかった。

「ねぇ、こんっなに情報見つからないってこと、ある⁉ 今のこの情報世界でさぁ」
『それ俺も思った。こんだけニュースで騒がれててさ、意識不明者も増えてるから、なんかしら耳に入ってもいい気がするよな……』
「だよねぇ……、八方ふさがりってこういうこと言うんだね……つらぁ」
『でも、なーんか妙だよな。ミッションの発動条件すら掴めないって……』

 猫太のいう通り、情報収集すればするほど変だなと感じていた。行方不明者は既に数百人を超えたと今朝のニュースでも言っていたほど、被害は増えている。それなのに、裏ミッションを辿った人達の話を全く聞かない。
 聞き込みをしていっても、入ってくる情報は、条件を満たせば裏ミッションが発動して、それをクリアすると永住権を手に入れられるけど、現実世界では意識不明になってしまうということだけだ。

 その裏ミッションがどんなものなのかも、誰かが裏ミッションをやっていたという目撃情報もないのは一体どうなってるんだろうか。
 ましてや、永住権を手に入れた人が意識不明後もこの世界で生きているというのなら、裏ミッションのことについて誰かに話していてもおかしくはないはずなのに……。

『――あ、まだいたんだ、二人とも』
「うわっ! びっくりしたぁ」
『ビビらせんなよ、大福……、心臓止まるかと思った……つか、今音しなかったよな⁉』
『ごめんごめん。二人とも真剣過ぎて聞こえなかったんでしょ。で、どんな感じ? ……あぁ、そんな感じなんだね』
「お察しがよろしくてよ、大福。えぇえぇ、どうせ収穫ゼロですよこちとら」

 私と猫太のだんまりで色々と察した大福は、苦笑いを顔に浮かべながら私たちの向かい側の椅子に腰掛けた。

『お前は俺たちをほったらかして、こんな時間まで何してたんだ?』

 大福は、テーブルの上で肘を組むと、私と猫太の両方の顔を交互に見遣った。

「ま、まさか……⁉」
『おぉっ⁉』と猫太が前のめりになる。私も、大福の意味深な間の取り方に、期待が一気に膨らんだ。今までどんよりと曇っていた空がぱあっと晴れ渡るような、彷徨っていた洞窟からやっと出られるような、そんな爽快な気持ちになる。

『うん……、まぁ、そんな期待されても……なんだけど。ちょっと小耳に挟んで』
「なになに!」
『もったいぶらずに教えろ!』

 食いつく私たちとは反対に、大福の仕草には躊躇いが見て取れたのは気のせいだろうか。それほど些細な表情の変化までも読み取って再現できているのか、と疑問が浮かぶが今はそんなことよりも大福の話が気になって仕方がなかった。

『裏ミッションを発動する合言葉があるらしい』
『「合言葉ぁ⁉」』

(「開けゴマ!」的な、あれのこと?)

『え、で? その合言葉ってのは?』

 残念なことに、大福は申し訳なさそうに首を横に振る。

『野良ミッションで聞き込みしてたらさ、そのうちの一人が教えてくれたんだけど……その人も合言葉が何かまではわからないって。ごめん』
『そっか、合言葉か、それは頭になかったな……』

 ホントにそうだ、と私はうんうんと頷いた。どこかに隠し扉やボタンがあったり、特定の場所に行くと発動したりするものだと思っていたから、私たちはそれっぽいところをひたすら探し回っていたのだ。
 それはいくら探しても見つからないわけだ。

「ねぇ大福、私その教えてくれた人と話したい」
『それが……、友だち申請する前にログオフされちゃったんだ……、ごめん』
『うわまじかー!』
「そっかぁ、それは残念だけど仕方ないね……。でも……、その合言葉をみんなはどうやって知ったんだろう……」

 私のつぶやきに、二人そろって『確かに』と頷いた。ミッション中に拾ったアイテムに書かれていたとか、遺跡のどこかに記されているとかだろうか。
 考えても正解がわからないのがなんとももどかしい。

『これは僕の考えなんだけど……』と大福が前置きをして話し始めた。

『これだけ探して手がかりが出てこないってことはさ……、その合言葉は、誰かから教えてもらったり、探して見つかったりするものじゃない、のかもとか思ったり……』
『ん? どういうことだ?』

 私も大福が言っていることがよくわからなかった。

『うん……例えばだけど、ユートピアに選ばれたプレイヤーだけに教えられるもの、とか……、僕もわからないけど』
「確かに……大福の考えも一理あるかも……」

 これだけ情報が出回らないのには、やはり理由があると思う。根本的な視点が違っていたのかもしれない。でも、だとしたら……。

『でももし、大福の考えが正解だったとしたら、俺ら打つ手なしじゃね?』

 私の頭に過ぎった嫌な予想を、猫太にズバッと言い放たれて私は「うっ」と眉根を寄せる。

(ついさっき真っ暗なトンネルに出口の光が差し込んだと思ったところなのに……!)

『いや、これはあくまで僕の予想だけど……その可能性は高い気がする』
「合言葉さえ分かればなぁ!」
『意識不明者の共通点とかからわかんないもんかなー』
「共通点かぁ……。ホントかどうかは知らないけど、自殺願望があったくら……」
『どうした?』

 二人に顔を覗き込まれて、私は慌てて首を横に振った。

「う、ううん、何でもない。あー! ヒントが欲しい! 二人ともそろそろ寝ないとじゃない?」
『そうだなー、今日は諦めて続きは明日にすっかー。さすがに限界だわ』

 ふわぁぁ、と猫太のアバターがあくびをした。それもそうだ、時刻は夜中の三時を過ぎている。

『漱石はどうするの?』
「私は、もう少し聞き込みしてみようかなー」
『焦る気持ちはわかるけど、もう少し、肩の力を抜いてみてもいいんじゃないかなって思うんだ。最近ちょっと根詰めすぎてる漱石の体が心配だよ』
『うん、俺もそう思う。倒れたら元も子もないだろ』

 二人の優しさに、胸がじーんと温かくなる。

「二人とも心配してくれてありがとう。……でも……私、何としてもあの子を見つけたいの」

 見つけて、現実(こっち)の世界に連れ戻したい。そして……。

『前から聞きたかったんだけど、漱石はどうしてその友だちのためにそんなに必死になってるの?』

 二人には、啓子のことは「中学から一緒だった友だち」としか言っていなかった。それでも、傍から見ると理解できないくらい必死に見えているのだろうか、と大福に言われて思う。
 本当は、言うつもりはなかったのだけど、こうして二人に探すのを手伝ってもらっている以上、それはできなくて私は告白する。

「あの子がこうなったのは、私のせいでもあるから……」

 まだ、啓子に自殺願望があったのかは定かではない。
 だけど、色々な状況がそれを物語っていた。私は、啓子のサインに気づいていたのに、見て見ぬふりをしてしまったのだ。
 もし、あの時啓子の話をちゃんと聞いて受け止めていれば……、相談に乗れていれば……と後悔してもしきれない。

「だから私が見つけださないといけないの」

 悲しみ、苦しみ、後悔、懺悔。

 啓子がこうなって、たくさんの感情が押し寄せた。それに飲み込まれて、息が上手くできなくて、苦しい。今もだ。

 罪悪感にさいなまれたのも事実で、これは決して美しい友情劇ではない。ただ私が、苦しい今から抜け出したいだけの傲慢なストーリーだ。

 啓子を見殺しにした自分が、今をのうのうと生きていることが卑怯で、とても醜く見えてしかたなかった。

「もう一度あの子に会いたい。それが一番だけど……会えたら、言いたいこともあるの……」

 啓子に会って、聞きたいこともある。

『言いたいこと……?』
「うん、そう。だから、これはあの子のためじゃなくて、私のためなの」
『漱石の――…………、……』

 急に、大福の声が途切れた。ジージー、と電子音が混じり聞き取れなくなる。大福のアバターの口は動いているから何か言っていることは間違いないのだが、音声だけが聞こえなかった。

「ん? ごめん大福、聞こえない。ボイチャの調子が悪いみたい」
『――……聞こえてる?』
『今聞こえた』
『だから、じ――…………で、……の…………いよ』
「おーい、大福ー! またボイチャ不良」
『――……あれ……おかしいな、なんか急に……』
「あ、直った」
『……えっと……、たとえ漱石が自分のためにやってることだとしても、そこまで必死になってくれる人がいるなんて、漱石の友達は幸せ者だねって言おうとした……だけだよ』

 大福の言うように、啓子がそう思ってくれるとは私には思えない。もし啓子が今の私をみたら、「何を今さら」と怒るだろう。
 見いて見ぬふりをして、自分を邪険にしたくせに、罪悪感から解き放たれたいがために尻ぬぐいをしているだけじゃないかって。

「……だといいんだけど……」

 怒る啓子の顔がありありと浮かんで、私は大福の言葉に曖昧に笑って返すことしか出来なかった。