*
「おっきなあくびだねぇ」
ふわあぁ、と口で手を覆ったところ、そう声をかけられて慌てて口を閉じた。千尋だ。私は最後まであくびができなくて、なんだか鼻の奥がむずがゆい。
だいぶ、というかいつも以上に寝不足だった。
昨日――いやもう今日か――は休憩もろくに取らずに情報収集に明け暮れていたから。
「なんと睡眠時間二時間」
ははは、と笑うけど、瞼が重たくて目が開いているのかもあやしかった。
「二時間? 何してたの? 試験終わったばっかりなのに」
「だからだよ~、漫画読んだりいろいろ」
私の適当な返事に、千尋は「そっか、夜更かしもほどほどにね」と一言だけ言って自席に戻っていく。あの日――この学校初のユートピアによる意識不明者が出た日、この教室で嘘だと叫んで教室を飛び出した私は、クラスメイトからなんとなく腫れ物扱いをされていた。
ショックで翌日も学校を休んだし、休み明けに登校しても朝から保健室に行っていたからそれも仕方ないのかもしれない。千尋も由香も、私にどう接していいか戸惑っている様子だった。
だけど、今の私にはそれが有難くもあった。だって、余計なエネルギーを使わなくて済むから。特に興味のない会話に相槌を打って、愛想笑いを顔に張り付ける必要がないのは救いだ。
啓子が意識不明になって早くも十日が過ぎた。あれから、猫太と大福と手分けして、裏ミッションについて聞き込みをしている。それはもう夜な夜な。野良ミッションのマッチング待機場で色んな人に声をかけて聞いてみたり、他のホームのチャットに質問を書き込んだり、しらみつぶしに出来ることをしていた。
だけど、これといって有用な情報は得られず仕舞いの日々が続いている。
本当は、学校に来ている時間も惜しいくらい。テスト期間が終わったからと言って授業に出なくていいわけでもないし、さすがにずっと休んでいると親の目も気になるから、私はこうして渋々学校に来ている。
といっても、授業のほとんどを寝て過ごしているわけだけど。
「千尋ちゃん……、私保健室行ってくる……」
千尋の席に行ってそう言えば、「うん了解。先生に言っとく」と無駄のない返事が貰えた。
クラスメイトのなんとも言えない視線から逃れるようにして、私は教室を後にした。
――夜更かしもほどほどにね、という千尋の言葉が戒めとなってのしかかる。
頭の中を岩で埋め尽くされたみたいに重たくて、油断すればこのまま眠ってしまいそうな頭を抱えてどうにか廊下を歩いていると、
「――そう言えば、あの意識不明になった一組の人、どうなったか知ってる?」
そんな声が耳に飛び込んでくる。
「知らないけど、まだ目覚めた人いないって今日のニュースで言ってたから、まだなんじゃない?」
「このまま目覚めなかったりしてー⁉」
ただでさえ重たい頭に、悪意のこもった言葉が次から次へとのしかかってきた。
(あぁ、汚い。醜い。とても不快だ)
嘲笑う笑い声は、体中に棘を纏ってぶすぶすと私に刺さってくる。
「うわこっわ、植物人間ってやつ?」
「ちょっと縁起でもないこと言っちゃ駄目だって」
駄目だと窘めるその声にも、したたり落ちるくらいの嘲笑がたっぷりと含まれていて、不愉快極まりなくて私は、
「――いい加減なこと言わないで!」
と叫んで、その中の一人の胸ぐらに掴みかかっていた。
「え、やっ、何っ⁉」
「啓子は絶対目を覚ますんだから!」
(私が、絶対啓子を連れ戻す。ユートピアから現実世界に、絶対に連れ戻す)
「植物人間になんかならないんだから! ぜった――っ⁉」
がくん、と膝が折れて私はあっけに取られる。全身から力が抜けて、掴んでいたシャツも手からするりと抜けていく。
(――植物人間になんて、させない、絶対……)
私の思いは言葉にはならないまま、次の瞬間には意識が強制シャットダウンしていた。
「おっきなあくびだねぇ」
ふわあぁ、と口で手を覆ったところ、そう声をかけられて慌てて口を閉じた。千尋だ。私は最後まであくびができなくて、なんだか鼻の奥がむずがゆい。
だいぶ、というかいつも以上に寝不足だった。
昨日――いやもう今日か――は休憩もろくに取らずに情報収集に明け暮れていたから。
「なんと睡眠時間二時間」
ははは、と笑うけど、瞼が重たくて目が開いているのかもあやしかった。
「二時間? 何してたの? 試験終わったばっかりなのに」
「だからだよ~、漫画読んだりいろいろ」
私の適当な返事に、千尋は「そっか、夜更かしもほどほどにね」と一言だけ言って自席に戻っていく。あの日――この学校初のユートピアによる意識不明者が出た日、この教室で嘘だと叫んで教室を飛び出した私は、クラスメイトからなんとなく腫れ物扱いをされていた。
ショックで翌日も学校を休んだし、休み明けに登校しても朝から保健室に行っていたからそれも仕方ないのかもしれない。千尋も由香も、私にどう接していいか戸惑っている様子だった。
だけど、今の私にはそれが有難くもあった。だって、余計なエネルギーを使わなくて済むから。特に興味のない会話に相槌を打って、愛想笑いを顔に張り付ける必要がないのは救いだ。
啓子が意識不明になって早くも十日が過ぎた。あれから、猫太と大福と手分けして、裏ミッションについて聞き込みをしている。それはもう夜な夜な。野良ミッションのマッチング待機場で色んな人に声をかけて聞いてみたり、他のホームのチャットに質問を書き込んだり、しらみつぶしに出来ることをしていた。
だけど、これといって有用な情報は得られず仕舞いの日々が続いている。
本当は、学校に来ている時間も惜しいくらい。テスト期間が終わったからと言って授業に出なくていいわけでもないし、さすがにずっと休んでいると親の目も気になるから、私はこうして渋々学校に来ている。
といっても、授業のほとんどを寝て過ごしているわけだけど。
「千尋ちゃん……、私保健室行ってくる……」
千尋の席に行ってそう言えば、「うん了解。先生に言っとく」と無駄のない返事が貰えた。
クラスメイトのなんとも言えない視線から逃れるようにして、私は教室を後にした。
――夜更かしもほどほどにね、という千尋の言葉が戒めとなってのしかかる。
頭の中を岩で埋め尽くされたみたいに重たくて、油断すればこのまま眠ってしまいそうな頭を抱えてどうにか廊下を歩いていると、
「――そう言えば、あの意識不明になった一組の人、どうなったか知ってる?」
そんな声が耳に飛び込んでくる。
「知らないけど、まだ目覚めた人いないって今日のニュースで言ってたから、まだなんじゃない?」
「このまま目覚めなかったりしてー⁉」
ただでさえ重たい頭に、悪意のこもった言葉が次から次へとのしかかってきた。
(あぁ、汚い。醜い。とても不快だ)
嘲笑う笑い声は、体中に棘を纏ってぶすぶすと私に刺さってくる。
「うわこっわ、植物人間ってやつ?」
「ちょっと縁起でもないこと言っちゃ駄目だって」
駄目だと窘めるその声にも、したたり落ちるくらいの嘲笑がたっぷりと含まれていて、不愉快極まりなくて私は、
「――いい加減なこと言わないで!」
と叫んで、その中の一人の胸ぐらに掴みかかっていた。
「え、やっ、何っ⁉」
「啓子は絶対目を覚ますんだから!」
(私が、絶対啓子を連れ戻す。ユートピアから現実世界に、絶対に連れ戻す)
「植物人間になんかならないんだから! ぜった――っ⁉」
がくん、と膝が折れて私はあっけに取られる。全身から力が抜けて、掴んでいたシャツも手からするりと抜けていく。
(――植物人間になんて、させない、絶対……)
私の思いは言葉にはならないまま、次の瞬間には意識が強制シャットダウンしていた。