*
あっという間に期末試験最終日を迎え、私は至極晴れやかな気持ちで下校する。テストの出来も申し分ない手ごたえを感じていた。
(これで心置きなくユートピアができる!)
すぐさまパソコンの電源を入れて、意気揚々とヘッドセットをかぶった。
なれた手つきでユートピアを起動してログインを済ませれば、既にホームには猫太が居た。
「早っ!」
『HRばっくれてきた』
「どんだけー」
『あれ? 大福も今日来るって言ってたよな?』
私が今日は午後からログインすると言うと、二人も来ると言って約束したのだ。彼らも私と同じく試験期間中だと言っていた。
「遅れてるのかな? どうする、先に行ってる?」
『そうだな、早くやりてー!』
「だね! 行っちゃおー!」
ホームの掲示板に大福宛にメモを残して、私と猫太は早速ミッションに向かった。魔物討伐のミッションにエントリーして、指定の場所へと到着。今日は、洞窟内に巣くった狼の魔物討伐ミッションだった。
暗い中を松明で視界を確保しながら、私たちは進んでいく。着々と魔物を退治していたが、途中、狭いところで大量の狼に出くわして足止めを食らった。
「猫太、後ろっ」
少し離れたところで戦っていた私は、猫太の背後を襲おうととびかかった魔物に一矢を放つ。魔物の牙は猫太に届くことなく手前で倒れて消えていった。
『うおっ、サンキュー、助かった!』
「貸し一つね~」
『頼んでねーし!』
「はぁ⁉ 助けるんじゃなかった!」
『あっ! おま、後ろ!』
え、と振り向けば、目の前に歯茎までをむき出しにした狼の牙が迫っていた。私は、ジャンプで後退すると共に、瞬時に腰に差していた剣を抜いて狼を切りつける姿をイメージする。
そして、瞬きを一回。
そうすれば、地面に倒れて白目をむいている魔物の姿が目の前にあった。
『……すっげぇ、お前今のどうやったんだ?』
「話はあとあと! ほら、また出てきたよ!」
洞窟の奥へ視線を向けると、無数の光る目がこちらを睨んでいた。ガルルル……と唸る声が暗い中で不気味に響いている。私たちは見合って頷くと、ミッションを完了すべく暗い先へと駆けだした。
*
二週間前の討伐ミッションで操作に違和感を覚えてからというもの、頭でイメージしたことがコントローラーで操作しなくてもプレイヤーに反映されるという現象が度々起こった。
最初の方こそ何かのバグだと思っていたそれは、日を重ねるごとによりスムーズにできるようになっていた。
『――なんかそれ、ヤバくね? 大丈夫か?』
ミッションクリア後、いつものプライベートルームで操作のことを猫太に打ち明けると心配そうに言われた。結局、大福は来なかったので、ここには私と猫太の二人しか居ない。今日はなんとなく森の中という設定にしたので、視界が緑に覆われている。
「うーん……私は別になんともないんだよ。ただ操作しなくて良いから楽ちんってだけ」
操作しようにも、コマンドを打つ前にプレイヤーが動いてしまうんだけどね。
『なんだかなぁ、そんなモードがあるって話も聞いたことないしな……。例の意識不明の事故もあるし、怖くね?』
それは私も感じてはいた不安だった。ユートピアのプレイ中に意識不明になるという事故だか事件が多発しているという話は、未だに目を覚ました人がいないため、どういう状況でそうなったのかが全くわからないのだとニュースで言っていた。
(だから、もしこの不思議なことがその前触れだったとしてもおかしくはないんだよね)
「怖い、と言えば怖いけど……。だからってこれどうにもできないんだよ。設定がおかしいのかと思って色々いじってみたけど直らないし……。それにユートピアをやめるなんて無理! 絶対無理ー!」
私の全力の叫びに猫太は『だよな』と笑う。日々変化するユートピアは、私にとってもはや生活の一部だ。ユグドラシルを悪意から救い出した暁にはどんなストーリーが待っているのだろうか、想像するだけでもわくわくする。
『俺も、お前がいなくなったらつまんねぇしなー』
「ありゃりゃ、やけに素直じゃんか?」
『ボケがいないと笑いが取れねぇだろ』
「ひっどーい! 私を道具みたいに!」
(リアルで隣に居れば小突いてやるのにー!)
――と思ったら、ゲームの中で私は猫太の肩をグーパンチしていた。ボスッという攻撃音と共に猫太のHPゲージが減る。
『いってぇなぁ。ヒットポイント減ったんだが!』
「あははは! ごめんごめん、今のも私操作してないんだってば」
よっぽど私強く念じてしまったのね、と反省。
猫太だからよかったものの、他のメンバーに突然攻撃してしまったら反感を買いかねないので、気を付ける必要がありそうだ。
「テストも終わったし……、はやく夏休みにならないかなー」
『あとちょっとじゃん』
「そうなんだけどさぁ……」
その、「あとちょっと」がものすごく長く感じて憂鬱だった。相対性理論というものはとても厄介なものだな、と最近特に身に染みている。真逆にしてくれたらきっと私はこんなに悩んでいないはずだから。
『言いたくなけりゃ、言わなくていいけどさ……お前、もしかして、その……学校でいじめられてたりすんの?』
歯に衣着せない物言いの猫太にしては珍しく、口ごもった。
「違う、いじめられてなんかないよ」と私が返せば、『じゃぁ何がそんなに駄目なわけ?』と聞かれた。
正直、自分でもどうしてこんなに憂鬱なのかわからなかった。
もちろん、由香と千尋とのことや、学校に意味が見いだせないことも原因ではあるけれど……。
私の胸の奥、何かが引っかかっている気がする。だけど、それがなんなのかがわからない。
ずっと、胸に靄がかかっていて、それが見えないのだ。見ようとして靄をかき分けてもかき分けても、靄は消えてくれないし、それには手が届かないから。
道のない道を行く不安。
進んでも進んでも、たどり着かない恐怖。
自分の進む道が、わからない。
辿りつきたいゴールが、見つからない。
「私にも、よくわからないんだよ」
猫太があんまり心配そうな顔をしているから、私は頭をかいて「あはは」と笑ってみせた。
あっという間に期末試験最終日を迎え、私は至極晴れやかな気持ちで下校する。テストの出来も申し分ない手ごたえを感じていた。
(これで心置きなくユートピアができる!)
すぐさまパソコンの電源を入れて、意気揚々とヘッドセットをかぶった。
なれた手つきでユートピアを起動してログインを済ませれば、既にホームには猫太が居た。
「早っ!」
『HRばっくれてきた』
「どんだけー」
『あれ? 大福も今日来るって言ってたよな?』
私が今日は午後からログインすると言うと、二人も来ると言って約束したのだ。彼らも私と同じく試験期間中だと言っていた。
「遅れてるのかな? どうする、先に行ってる?」
『そうだな、早くやりてー!』
「だね! 行っちゃおー!」
ホームの掲示板に大福宛にメモを残して、私と猫太は早速ミッションに向かった。魔物討伐のミッションにエントリーして、指定の場所へと到着。今日は、洞窟内に巣くった狼の魔物討伐ミッションだった。
暗い中を松明で視界を確保しながら、私たちは進んでいく。着々と魔物を退治していたが、途中、狭いところで大量の狼に出くわして足止めを食らった。
「猫太、後ろっ」
少し離れたところで戦っていた私は、猫太の背後を襲おうととびかかった魔物に一矢を放つ。魔物の牙は猫太に届くことなく手前で倒れて消えていった。
『うおっ、サンキュー、助かった!』
「貸し一つね~」
『頼んでねーし!』
「はぁ⁉ 助けるんじゃなかった!」
『あっ! おま、後ろ!』
え、と振り向けば、目の前に歯茎までをむき出しにした狼の牙が迫っていた。私は、ジャンプで後退すると共に、瞬時に腰に差していた剣を抜いて狼を切りつける姿をイメージする。
そして、瞬きを一回。
そうすれば、地面に倒れて白目をむいている魔物の姿が目の前にあった。
『……すっげぇ、お前今のどうやったんだ?』
「話はあとあと! ほら、また出てきたよ!」
洞窟の奥へ視線を向けると、無数の光る目がこちらを睨んでいた。ガルルル……と唸る声が暗い中で不気味に響いている。私たちは見合って頷くと、ミッションを完了すべく暗い先へと駆けだした。
*
二週間前の討伐ミッションで操作に違和感を覚えてからというもの、頭でイメージしたことがコントローラーで操作しなくてもプレイヤーに反映されるという現象が度々起こった。
最初の方こそ何かのバグだと思っていたそれは、日を重ねるごとによりスムーズにできるようになっていた。
『――なんかそれ、ヤバくね? 大丈夫か?』
ミッションクリア後、いつものプライベートルームで操作のことを猫太に打ち明けると心配そうに言われた。結局、大福は来なかったので、ここには私と猫太の二人しか居ない。今日はなんとなく森の中という設定にしたので、視界が緑に覆われている。
「うーん……私は別になんともないんだよ。ただ操作しなくて良いから楽ちんってだけ」
操作しようにも、コマンドを打つ前にプレイヤーが動いてしまうんだけどね。
『なんだかなぁ、そんなモードがあるって話も聞いたことないしな……。例の意識不明の事故もあるし、怖くね?』
それは私も感じてはいた不安だった。ユートピアのプレイ中に意識不明になるという事故だか事件が多発しているという話は、未だに目を覚ました人がいないため、どういう状況でそうなったのかが全くわからないのだとニュースで言っていた。
(だから、もしこの不思議なことがその前触れだったとしてもおかしくはないんだよね)
「怖い、と言えば怖いけど……。だからってこれどうにもできないんだよ。設定がおかしいのかと思って色々いじってみたけど直らないし……。それにユートピアをやめるなんて無理! 絶対無理ー!」
私の全力の叫びに猫太は『だよな』と笑う。日々変化するユートピアは、私にとってもはや生活の一部だ。ユグドラシルを悪意から救い出した暁にはどんなストーリーが待っているのだろうか、想像するだけでもわくわくする。
『俺も、お前がいなくなったらつまんねぇしなー』
「ありゃりゃ、やけに素直じゃんか?」
『ボケがいないと笑いが取れねぇだろ』
「ひっどーい! 私を道具みたいに!」
(リアルで隣に居れば小突いてやるのにー!)
――と思ったら、ゲームの中で私は猫太の肩をグーパンチしていた。ボスッという攻撃音と共に猫太のHPゲージが減る。
『いってぇなぁ。ヒットポイント減ったんだが!』
「あははは! ごめんごめん、今のも私操作してないんだってば」
よっぽど私強く念じてしまったのね、と反省。
猫太だからよかったものの、他のメンバーに突然攻撃してしまったら反感を買いかねないので、気を付ける必要がありそうだ。
「テストも終わったし……、はやく夏休みにならないかなー」
『あとちょっとじゃん』
「そうなんだけどさぁ……」
その、「あとちょっと」がものすごく長く感じて憂鬱だった。相対性理論というものはとても厄介なものだな、と最近特に身に染みている。真逆にしてくれたらきっと私はこんなに悩んでいないはずだから。
『言いたくなけりゃ、言わなくていいけどさ……お前、もしかして、その……学校でいじめられてたりすんの?』
歯に衣着せない物言いの猫太にしては珍しく、口ごもった。
「違う、いじめられてなんかないよ」と私が返せば、『じゃぁ何がそんなに駄目なわけ?』と聞かれた。
正直、自分でもどうしてこんなに憂鬱なのかわからなかった。
もちろん、由香と千尋とのことや、学校に意味が見いだせないことも原因ではあるけれど……。
私の胸の奥、何かが引っかかっている気がする。だけど、それがなんなのかがわからない。
ずっと、胸に靄がかかっていて、それが見えないのだ。見ようとして靄をかき分けてもかき分けても、靄は消えてくれないし、それには手が届かないから。
道のない道を行く不安。
進んでも進んでも、たどり着かない恐怖。
自分の進む道が、わからない。
辿りつきたいゴールが、見つからない。
「私にも、よくわからないんだよ」
猫太があんまり心配そうな顔をしているから、私は頭をかいて「あはは」と笑ってみせた。