裏ミッションの話を聞いてから早数日。本当ならもう少し詳しく調べたかったけど、期末試験を翌週に控えていたこともあり、ユートピアにログインする時間を制限していた。
 さすがに成績が下がったら、今ほど自由にはやらせてもらえなくなるのが目に見えているので、試験は手が抜けない。
 それでもやっぱり、やらないという選択肢はなくて、試験勉強の後に少し参加するようにしていた。猫太や大福たちも期末試験に備えてログインする頻度が落ちているせいで、ログインしても誰も居ないという日も度々あった。

 そういう日は、通称・野良(のら)と呼ばれている、ホーム外の人とマッチングしてやるフリーミッションに参加していた。
 その場限りの人と一緒にやるのも新鮮で面白いし、色んな話が聞けて楽しかった。
 私はここぞとばかりに「裏ミッション」についての情報収集もしていたけど、めぼしい情報は聞けずに終わる。

「イマドキの子って、誰かと一緒にご飯食べてる時もスマホいじるのねぇ」

 ため息と共に小言が聞こえてきた。右手にスマホ、左手にコッペパンを持って頬張りながら声の方を見やれば、頬を膨らませた紗百合先生と目が合う。今日も茶色い長い髪を綺麗にヘアクリップでまとめて、露わになった白いうなじが色っぽい。
 それを見て、クラスの男子が「保健室の先生色気ヤバくね」と興奮していたのを思い出した。

(なるほど、確かにこれは男子高校生には毒かもしれない)

「あ、ごめん。ちょっと今調べものしてて」
「どーせ、ゲームの攻略とかでしょうに」
「正解! さすが紗百合先生わかってるぅ」

 ふざけて言って、私は視線をスマホに戻す。裏ルートについての情報がないかググっているところだった。
 今日は保健室でお昼を食べる日。火・木曜日はここで紗百合先生と一緒に食べていいという許可が下りたので、私はちゃっかりお邪魔していた。
 由香と千尋には、紗百合先生から手伝いを頼まれているからしばらくこっちで食べる旨を伝えてある。二人も、別に私がいてもいなくても変わらないのだから、特段何も言われなかった。

「――ねぇ、佐藤さん、相変わらずユートピアやってるの?」

 控えめに放たれた言葉に、私は動きが止まる。
 またか、と思わずにはいられない。テレビでそのニュースが流れる度に母親から「まさかやってないわよね」「本当にやめてるのよね」などと疑われている。返事をするのも嫌になるくらい毎回のことでうんざりしているところだった。

 けど、こうして私の非難場所を提供してくれている紗百合先生を無下にはできないので、私は極力笑顔を作ろうと意識する。

「やってるよー。もう、紗百合先生は心配しすぎ! 私の友だち誰も意識不明になんかなってないし!」
「そうは言ってもねぇ……、ニュースでもまだ騒いでるし、心配なのよ。まぁ、何か少しでも変に感じたらすぐにやめてよ?」
「はいはい、わかりました」

 話はおわり、と私は再度スマホの画面に視線を落すも、心臓がどくどくと早鐘を打ってうるさかった。紗百合先生には意識不明になどならない、大丈夫だと言っておいて、私は今必死にその方法を探している。悪いことをして、バレないように嘘をついている時のような、ひやひやするあの感覚に手が少し震える。

(意識不明になりたいわけじゃない……と思う)

 私はきっと、ユートピアの世界で生きられるなんてことが本当に可能なのかどうか、その真偽のほどを知りたいのだ。

 色々なサイトやSNSを探してたどり着いた掲示板で、裏ルートについての書き込みをいくつか見つけた。

『どっかの遺跡が最終ミッションで、それをクリアするとユートピアへの永住権が手に入るとか』
『最初のミッション発動条件さえ整えば、あとは割と簡単らしい』

(その発動条件が知りたいのに……)

 その書き込み周辺を探っても書かれていなかった。削除された書き込みなどもあり、誰かによって意図的に消されている可能性もありそうだった。
 そもそも裏ルートに関する情報はそこまで多くない上に、それらしいものは本当にごくわずか。結局、昼休み中検索しても、肝心の欲しい情報は手に入らなかった。

(まぁ、それもそうか……)

 と、納得する。そう簡単にできていたらきっともっと多くの被害が出てもおかしくないはずだから。

 ――キーンコーンカーンコーン……キーンコーン

 五限目の予鈴が鳴り、私は紗百合先生に保健室を追い出されてしまう。
 仕方ないので教室に戻ろうか、と歩を進め前方を見据えた私の視界に啓子が映りこんだ。彼女はとぼとぼとこちらへ向かってきていたが、俯いているせいで私に気づいていない。その顔は、青白くひどく憂鬱そうに見えた。

「啓子」

 私の声にハッとして顔をあげた啓子は、私を認識するとにっこりと笑みを浮かべた。それを見た私は少し安心して胸のざわつきが落ち着いていく。

「真樹、調子悪いの?」

 彼女は、私と保健室のプレートを交互に見て「大丈夫?」と言う。

「違うの、紗百合先生に手伝い頼まれてただけ。これから教室戻るとこ。啓子こそ、保健室に用?」
「あ、うん、ちょっと、今月あれ(・・)が重くて……休ませてもらおうかなって」
「あぁ、毎月のあれか……。それはしんどいね、薬もらえるといいけど」
「うん、先生に聞いてみる、ほら、真樹早く行かないと授業始まるよ」

 顔色がなんとなく白いのも、きっとそれのせいだろう。たしか中学の時も毎月しんどそうにしていたっけ。もはや懐かしくなっている記憶を思い出しながら、私は「お大事に」と言って啓子と別れた。

 この時の私は、露とも思わなかった。
 まさかこれが、啓子との最後の会話になるなんて……――――