薄暗い部屋の中、私は一人椅子に座っていた。
 目にはいかついVRゴーグルをつけ、両手にはそれぞれ掌に収まる大きさのコントローラーを握り、カチャカチャと無機質な音を響かせている。
 他に音はない。
 日付はとうに変わり、家の中も外も静まり返っていた。

 私は今、仮想現実世界――メタバースにいる。

 VRゴーグルの中に広がるのは、ギリシャの神殿を想起させる石造りの古代遺跡。その最奥の間にたどり着いた私は、空間の中心に置かれた石板のパズルを操作していた。
 真四角の枠の中に嵌められた石板は十五枚。一枚分余白のある状態のそれを動かし、ちぐはぐになった模様を完成させるというよくあるスタイルのパズルだ。
 視界の中で私の手が石板を動かすたび、石と石が擦れる音が鼓膜を震わせ、手には振動が伝わる。

(できた!)

 石板に刻まれた幾何学模様の溝が全て違和感なく繋がった。石枠の右上に固定されていた十六枚目の石板がズズズと下に降りてきて一枚の四角い絵が完成する。
 その瞬間、模様は光りを放ち、その眩しさに思わず目を閉じた。

 コントローラーを握る手に力が入り、汗がじわりと滲む。

 光が消え去り、再び目を開くと、今度は空の上に浮かんでいた。
 さっきまで古代遺跡の中に居たはずなのに、と驚くことはない。
 ここは、仮想現実の世界であり現実世界ではないから。

 それでも、足元を見てその高さに体が竦む。映像は現実と区別がつかないほどに精緻に作りこまれていた。

(びっくりした……)

 現実世界で自分の足が床を踏んでいるのを感じてほっと胸をなでおろし、意識を再びバーチャルな世界へと戻す。

 真っ青な空には、綿菓子のように真っ白な雲がふわふわと浮かんでいて、どこからか鳥のさえずりがかすかに耳に届いた。

 それだけだった。
 とても、静かな世界。

 現実世界の自分は椅子に座っているのに、ここでは雲と一緒にふわふわと浮かんで漂っているかのような感覚に陥るのがとても不思議だった。

 ずっと、ここに居られたらいいのに――

 いつからかそう思っていた。


――ピコン


 通知音がメッセージの受信を知らせる。目の前に現れた文字を見て私はゴクリと喉を鳴らす。そこには、私がずっと待ち望んでいたものが表示されていたからだ。

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おめでとうございます!
あなたは「ユートピア」への永住権を獲得しました。
これを使いますか?

<はい>   <いいえ>

※<いいえ>を選ぶと「ユートピア」には二度とアクセスできなくなります。
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 私は、この「永住権」を手に入れるために、これまでこのゲームをずっとプレイしてきたのだ。だから迷うことなくカーソルを<はい>に合わせた。

(これで私も……この世界の住民になれる……)

 胸の底から湧き上がる喜びに、体が震えた。

(もう、苦しまなくて良いんだ……)

 そう思うと、体がすーっと軽くなっていくような不思議な感覚になった。

 そして私は、コントローラーを持った指先に力を込める。

 カチっという無機質なクリック音が耳に響いた後、私の視界は真っ暗闇の中へと落ちていった――……