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 その夜、子細を知った弧月に美鶴は叱られてしまった。

「本当に分かっているのか? そなたに何かあれば、灯と香は野犬に噛みつかれずとも罰を与えられるのだぞ?」
「申し訳ございません」

 双子を助けたことは後悔していないが、周囲を心配させてしまう行動を取ったのは事実だ。
 そこは反省しなければと思い素直に謝罪した。
 声を荒げず、諭すような苦言からは危ない真似をしないで欲しいという心配が滲み出ている。

「まったく……本当に、怪我がなくて良かった」

 最後に深く息を吐いた弧月は、美鶴の肩を引きよせぎゅうっと抱き締める。
 その抱擁の温かさと強さに、心から愛し案じてくれているのだと知った。

「本当に、申し訳ありませんでした……」

 弧月から伝わってくる愛情は泣きたくなるほどに嬉しく。
 だからこそ心配をかけてしまったことが心苦しい。

 だが、おそらく似たようなことがあれば自分はまた心配をかける行動を取ってしまうだろう。
 もちろん、腹の子が最優先ではあるが。

「弧月様、約束します。今後似たようなことがあっても一人では行動しないと。お腹の子のことを最優先に考えると」

 だから、これ以上の心配はなさらないでと伝えた。
 だが、そんな美鶴の言葉を聞いた弧月は少しの沈黙の後「やはり分かっていない」と不機嫌に呟く。

「たしかに子は最優先だが、そなた自身が傷つくのも悲しいのだぞ?」
「あ……はい。申し訳ありません」

 言われて気づき、また謝罪する。

「はあ、もうよい。一人で行動はしないということだけは本当に守ってくれ」
「はい」

 素直に返事をした美鶴の頭を弧月は愛しむように撫でた。
 その優しい手に安らぎを覚えていると、ふいに弧月が「そういえば」と口を開く。

「小夜からも聞いたが、俺を介さなくとも予知の未来を変えられたそうだな? 腹の子の力ではないかと聞いたが……」
「はい、私はそうだと思っております」

 腹に手を当て、美鶴は大切な存在を思う。
 感覚という意味ではやはりまだ感じないが、そこに確かに存在しているともう知っている。

「そうか……どんな子が生まれるのだろうな。男か、女か。妖狐なのか、鬼なのか……もしくは、美鶴のように異能を持った人間ということもあり得るのか?」

 腹に添えた美鶴の手を包むように自分の手を乗せた弧月は、どんな子が生まれるのだろうかと予測を立てる。
 心配そうな色も見えるが、やはりどこか楽し気だ。

「妖力は感じるから、普通の人間ということだけは無さそうだが」
「そうなのですか? どのような子が生まれるのか、楽しみですね」

 見上げて微笑むと、穏やかな色合いの赤と視線が合う。
 額に口付けした弧月は、「そうだな」と笑みを返してくれた。

 穏やかな、幸せの時間。
 幸福の時を感じ、美鶴はもう一つ伝えたいと思っていたことを思い出した。

「あ、あの……」
「ん? 何だ?」

 伝えたい。伝えておきたいと思っているが、恥ずかしくてすぐには言葉に出来ない。

「そ、その……まだ、伝えていなかったと思いまして……」

 今回、小夜が弧月を想っていると聞いて嫉妬した。
 本当は違うとわかり、安堵した。
 その心の揺れは、美鶴が弧月を夫として想っているが故だ。

 黙って自分の言葉を待っていてくれている弧月に美鶴は意を決して告げる。

「弧月様……私、貴方様が好きです」
「っ⁉」
「はじめは私を助け、救いあげてくれた方で……だから心からお仕えしようとばかり考えておりました」

 だが、おそらく初めから別の意味で惹かれてもいたのだろう。
 強い意思が込められた紅玉の目に自分が映ったあの瞬間から。

「懐妊が分かり、弧月様に大切にしてもらっているうちに欲が出てきてしまいました。こうして弧月様に大切に扱われるのは自分だけがいい、他の女性を見ないで欲しいと思ってしまっていたようなのです」

 だから、双子から小夜のことを聞いたとき胸が騒めいたのだ。

「こんな我が儘を口にすると弧月様を困らせてしまうと思っていたのですが……小夜にもう少し我が儘になった方が弧月様も喜ぶと言われて……弧月様?」

 話している間、弧月は黙って聞いてくれていた。
 だが、手のひらで口元を覆い何故か美鶴から目を逸らしている。
 変なことを言ってしまったのだろうかと少々慌てた。

「あ、あの。私変なことを口にしてしまいましたか? すみません、やはりこのような我が儘はご迷惑に――」

 申し訳ないと謝ろうとしたが、途中で止められてしまう。
 自分の口を覆っていた弧月の手が人差し指だけとなって美鶴の唇に触れたのだ。

「変ではない……迷惑とも思わぬ」

 困ったような微笑みは、いつもより赤いように見えた。耳に至っては真っ赤である。

「いや、何と言うべきか……とにかく、嬉しく思う」

 迷惑ではなく、嬉しいと言ってもらえてほっとする。
 そうして安心すると、今度は唇に触れている指が気になった。
 口づけとは違う、殿方の少し硬めな指の感触。
 恥ずかしいのに、軽く抑えられている唇では離れて欲しいとも言えずただ熱が上がるばかり。

「美鶴……愛している」

 弧月の朱に染まっていた耳の色が落ち着くと、指が唇から離れ頬に流れる。
 そのまま耳裏に手が差し込まれ、頭を固定された。

「弧月様……私も――っ」

 同じだと応えようとした唇は、言の葉を紡ぐ前に塞がれてしまう。
 だから、美鶴は心で続きを思う。

(私も、愛しております)

 そのまま幾度も唇を触れ合わせ、愛を確かめ合った。

***

 互いの思いを確かめ合い、大切な子を守り無事に産みたいと思う。
 そう決意した美鶴は弘徽殿への引っ越しにも意欲的になれた。

 畏れ多いとは今でも思うが、少しでも弧月の近くにいたいと思う。
 それに、大切な我が子を守るのならば守ってくれる弧月の側にいた方がいいのだろう。

 そうして引っ越しを進めつつも穏やかな日々を過ごしていたある日、状況が一変した。


 胎動だろうか。
 悪阻も少し落ち着き、下腹部に何か動きのようなものを感じるようになった。
 その感覚を不思議に思いながらも慈しみの感情を育んでいた美鶴の元へ、珍しくばたばたと慌ただしい足音が近付いて来る。

「み、美鶴様!」
「重大な知らせがっ!」

 肌寒くなってきたため、母屋の方でいつもの手習いをしていた美鶴は慌てて庇から入って来た二人の妖狐を見る。

「灯、香! そのように走るなどはしたないですよ!」
「で、でも」
「本当に重大なのです!」

 小夜に窘められても必死な様子で話す二人に、美鶴は落ち着くよう声をかける。

「落ち着いて。何があったの?」

 落ちつくよう殊更穏やかに話しかけると、ふさふさの狐耳をピンと伸ばした双子は居住まいを正し声を揃えて告げた。

『主上が、もう一人妻を迎えるらしいのです!』