ドコドコドンと、遠くでお囃子が鳴っている。
 ワッショイ、ピッピッ、ワッショイ、ピッピッ――と掛け声と笛の音が屋台を超えて遠ざかっていく。

「――なんで、お前と祭りにこなくちゃいけないんだよ」
「いいじゃんか、一昨年までは毎年一緒に来てただろ? 去年はまぁ、コロナで祭り自体中止だったからアレだけどさ。なんか、颯太とこの祭りに来ないと夏だー! って感じがしなくって。だから今年も誘ったのに、お前帰ってこないとか言うしさー。まっ、こうして来れたから結果オーライか」

 一人でペラペラと喋る肇に適当に相槌を打ちながら、あてどなく歩を進めていた。
 あの後、ばあちゃんが俺と肇の分の浴衣を持ってきて有無を言わさず着付けられてしまった。俺と肇は、中学の三年間毎年この夏祭りに浴衣を着て出かけていた。
 中学二年で急に伸びだした俺と肇のために、ばあちゃんが新調してくれた着物だ。

「もちっと早く来るってわかっていればねぇ、干せたんだけど。匂いは我慢せぇな」というばあちゃんの言葉通り、袖を通した着物は雨の日の和室のような独特な匂いがしたけれど、それもすぐに慣れた。

「あっ、金魚すくいやりたい!」
「お、おい」

 肇は駆けていき、さっと空いている所に陣取ると「おじさん、一回」と満面の笑顔でお金を渡す。その無邪気な姿に、俺の顔は自然と綻ぶ。この人懐っこさにやられたんだよな、俺は。

「あ、おい、肇、ポイの向き逆。それじゃぁ、すぐ破けるぞ。ったく、お前覚える気ないだろ」

 後ろから覗いて声をかけると、肇はこちらを仰ぎ見て「ははは」と笑った。
 毎年来ては、必ず金魚すくいをやるんだ。
 取れないくせに。

「あー、破けたー! おじさん、もう一回!」
「はいよー」

 いいカモが来たと、店主はニタニタだ。

「お前、金魚なんか世話できるのかよ」
「ん-、まーねー」

 いつもなら一回やれば気が済むのに、今日は生返事をするくらい、肇は真剣に金魚を狙っていた。結局二回目、三回目もすぐに破れてしまい、四回目をやろうとするから、いい加減にしろと止めに入った。

「やだよ、取れるまでやる」
「お兄ちゃん、おまけあげるよ」
「いや、自分で取りたいから、もう一回お願い」
「おうおう、頑張んなー」

 はぁ、とため息が出る。「俺が取ってもダメか?」と妥協案をだせば、肇は「えっ、取ってくれんの?」と顔を輝かせて俺にポイを渡してきた。

「しゃぁねぇな。どれが欲しいんだよ」
「あ、なんでもいい、元気そうなやつ」

 なんだそれ。こだわりがあるんじゃないのかよ、と内心で突っ込みながらも、久しぶりの金魚すくいにちょっと緊張が走る。
 でも、これは勢いが肝心だ。俺は躊躇わずに狙いを定めてからポイをゆっくりと水につけた。


「うわー! ありがと颯太!」

 金魚の入ったビニールを目線に掲げて泳ぐ金魚を眺めながら肇がそう言った。取ってやるなんて大口叩いたのに、一匹しかすくえなかったが、店主がもう一匹だけおまけしてくれて二匹になった。

「それ飼うのか?」
「うん、もちろん」
「ちゃんと世話しろよ」
「もちろん。名前はー、赤いのが俺で、黒いのが颯太な」
「うわ、やめろよそれ、死んだらどうすんだよ」
「そしたらちゃんと庭に埋めてお墓作ってあげるよ」
「げー、縁起でもねぇな」

 はははは、と二人の笑い声が重なった。

「やっと笑ったね、颯太」
「あー……悪い……」

 言われて、確かにずっと無愛想だったかもと反省した俺は、決まりが悪くて頭をかいた。

「なんで謝るのさ」
「いや、だってよ……」
「謝ることなんて一つもないからな。俺は、こうして颯太と一緒にここにこれて本当に楽しいんだから」

 水の中を泳ぐ金魚の向こうで、肇が笑う。屋台のライトが水に反射して眩しい。太鼓と笛と威勢のいい掛け声が人の喧騒の中にまじって遠くに聞こえた。

 ――俺だって……。

 楽しくて、嬉しくて、たまらない。
 ……だけど、同じくらい苦しくもあるんだ。

 のどまで出かかった言葉は生唾と一緒に押し戻された。