本番一週間前、僕はあの日別れを誓った海へいく。
「音斗先輩、聞こえますか……僕の声」
あの日握りしめた楽譜と、先輩のトランペットを抱え届くはずのない言葉を海へ放つ。
「あの日のこと覚えてますか」
ー*ー*ー*ー*ー
先輩の葬儀が終わった後、僕は迷う間も無く海へ駆けた。
『Sea of Remembrance』追憶の海、亡き人を想って美しすぎる過去と忘れたくない瞬間を抱きしめながら遺骨を撒く。
「葉加瀬 音斗先輩、ありがとうございました」
あの日、僕が惹かれた透明な音の持ち主は、この世界の誰よりも美しく柔らかい何かを持っていた。
恐怖心故に隠していた本当の好きなことを取り戻させてくれた、僕にとっての大切で欠けがえのない人。
「先輩と出逢えて幸せでしたよ」
もう一度、先輩と言葉を交わしたかった。隣で奏でられるその音に溺れていたかった。
「これで本当にサヨナラしますね」
手すら合わせられない臆病な僕は、この海で先輩と永遠の別れを約束した。
甘えず、頼らず、僕が僕自身で歩いていけるように。その姿をみた先輩が安心して眠れるように。
ー*ー*ー*ー*ー
「先輩、僕はまたここに来ちゃいましたよ」
返ってくる波の音と風は、どこかあの日の記憶と重なる。
足をつけた冷たい水の一部に先輩がいる、そんな淡い期待を抱きながら表情を変えることもなく一点を見つめ続けた。
「音斗先輩……」
濡らすつもりのなかった頬を無意識に伝う滴を手の甲で拭う。
泣いている姿は、先輩に見せたくない。
「詩季」
「……」
「詩季」
聞こえるはずのない声が聞こえてしまうほど、僕は先輩のことを想っている。『Sea of Remembrance』追憶の海、あの日遺骨を撒いた瞬間にも似たような声を聞いた気がする。
別れを誓ったあの日からも、先輩のことを忘れたことなど一瞬もない。
一年経っても変わらない、僕はまだ先輩と本当の別れを誓えるほど強くなっていない。
『その曲に命を吹き込めた?』
「えっ……?」
振り向いた先に待っていたのは、当時と変わらない先輩の姿だった。
「先輩……?」
「他に誰がいるの?」
揶揄うような口調も、寂しさの残る瞳も変わらない。
柔らかい微笑み方も、暖かさの残る声も全て、間違いなく僕の大切な人。
「先輩……!」
「待って」
先輩の元へ駆け寄る僕を止める、距離を置くように先輩は僕から遠のいていく。
「僕に触れたら、本当のことを実感しちゃうから。詩季にその現実を改めて突きつけるようなことを僕はしたくない」
変わらない優しさがそこにあった。
「先輩は変わらないですね……」
「詩季は素敵に変わり続けてるね」
ゆっくり近づく先輩は慎重に距離を測りながら僕の隣に腰を下ろした。
「信じてもらえないかもしれないけど、僕はずっと詩季のことを見てたんだよ」
「え……?」
「詩季が先輩になって、前を向くようになったあの日も寂しさを抑えながらも進み続けている今も、全て」
微かに感じていた視線は確かなものだったらしい。
「なんとなく感じてましたよ、先輩の陰」
「本当に……?」
「僕がどれだけ先輩のこと想い続けてると思ってるんですか」
声が聴けた、姿をこの目で見れただけでも幸せなことなのに『触れたい』という欲望が僕の脳を駆け巡る。
今更になって気づく、僕の願いは先輩と一緒に生きていくことだった。恋ではない、そんな単純な関係では表しきれないほどの想いを僕は先輩に抱いている。
そして、先輩もそうであってほしい。
「詩季、僕がどうして今日ここに来たかわかる?」
「僕がここに来た理由と同じだと思います」
「正解だね、きっと」
今日は葉加瀬 音斗の命日、あの瞬間から一年が経つ。
この再会は偶然ではなく、必然的なことなのだと思う。
「一年で僕は変われましたか、先輩」
「僕の手を離れて羽ばたいてる姿が綺麗だよ」
先輩の頬を涙が伝う、海面に落ちていく。
溶けていくように染み渡っていく先輩の一部に、あの日と同じ寂しさを覚える。
「詩季」
「はい」
「これから先はもう、詩季の生きる世界に僕はいない」
「……」
「それでも詩季は生きていかなければいけない」
「……はい」
「でも大丈夫だからね」
「え……?」
「きっと僕は詩季の心の中で永遠に生き続けていると思うから」
「先輩……」
「この心臓がもう一度止まっても、詩季の中では息をし続けていると思う」
先輩の言葉は僕を突き動かす、あの日恐怖心を取り払われた感覚を思い出す。
「先輩」
「……ん?」
「僕は先輩の分も音を奏でます」
「……」
「先輩の分も命を燃やします、心を揺らし続けます」
「……ありがとう」
貴方のいない世界を生きていく僕が次貴方に逢う時は、もっと成長した僕でありますように。
あの日、全てを失ったと絶望した僕に希望を宿し続けたのは過去の貴方の言葉と温度だったことを忘れずに、僕は僕自身を生きていきたい。
「先輩……」
隣を向いた時、先輩の姿は既になくなっていた。
突然現れ、突然姿を消す。無邪気で破天荒で儚くて美しい、僕に本当の僕を教えた大切な貴方へ。
いつまで続くかわからない僕の未来が胸を張れるものとなれますように。
「先輩、僕がそちらにいくまで待っていてくださいね」
返答はない、僕の願いに先輩は何て言葉を掛けるだろう。
「命ある限り、生きて、奏でていくことを誓います」
陽のあたり熱を帯びたトランペットを強く抱きしめる。耳を澄まし、波の音を聴く。
あの日と同じように左耳を傾ける、聞こえてくる波の音は心地よく鼓膜を劈く透明な音だった。
「音斗先輩、聞こえますか……僕の声」
あの日握りしめた楽譜と、先輩のトランペットを抱え届くはずのない言葉を海へ放つ。
「あの日のこと覚えてますか」
ー*ー*ー*ー*ー
先輩の葬儀が終わった後、僕は迷う間も無く海へ駆けた。
『Sea of Remembrance』追憶の海、亡き人を想って美しすぎる過去と忘れたくない瞬間を抱きしめながら遺骨を撒く。
「葉加瀬 音斗先輩、ありがとうございました」
あの日、僕が惹かれた透明な音の持ち主は、この世界の誰よりも美しく柔らかい何かを持っていた。
恐怖心故に隠していた本当の好きなことを取り戻させてくれた、僕にとっての大切で欠けがえのない人。
「先輩と出逢えて幸せでしたよ」
もう一度、先輩と言葉を交わしたかった。隣で奏でられるその音に溺れていたかった。
「これで本当にサヨナラしますね」
手すら合わせられない臆病な僕は、この海で先輩と永遠の別れを約束した。
甘えず、頼らず、僕が僕自身で歩いていけるように。その姿をみた先輩が安心して眠れるように。
ー*ー*ー*ー*ー
「先輩、僕はまたここに来ちゃいましたよ」
返ってくる波の音と風は、どこかあの日の記憶と重なる。
足をつけた冷たい水の一部に先輩がいる、そんな淡い期待を抱きながら表情を変えることもなく一点を見つめ続けた。
「音斗先輩……」
濡らすつもりのなかった頬を無意識に伝う滴を手の甲で拭う。
泣いている姿は、先輩に見せたくない。
「詩季」
「……」
「詩季」
聞こえるはずのない声が聞こえてしまうほど、僕は先輩のことを想っている。『Sea of Remembrance』追憶の海、あの日遺骨を撒いた瞬間にも似たような声を聞いた気がする。
別れを誓ったあの日からも、先輩のことを忘れたことなど一瞬もない。
一年経っても変わらない、僕はまだ先輩と本当の別れを誓えるほど強くなっていない。
『その曲に命を吹き込めた?』
「えっ……?」
振り向いた先に待っていたのは、当時と変わらない先輩の姿だった。
「先輩……?」
「他に誰がいるの?」
揶揄うような口調も、寂しさの残る瞳も変わらない。
柔らかい微笑み方も、暖かさの残る声も全て、間違いなく僕の大切な人。
「先輩……!」
「待って」
先輩の元へ駆け寄る僕を止める、距離を置くように先輩は僕から遠のいていく。
「僕に触れたら、本当のことを実感しちゃうから。詩季にその現実を改めて突きつけるようなことを僕はしたくない」
変わらない優しさがそこにあった。
「先輩は変わらないですね……」
「詩季は素敵に変わり続けてるね」
ゆっくり近づく先輩は慎重に距離を測りながら僕の隣に腰を下ろした。
「信じてもらえないかもしれないけど、僕はずっと詩季のことを見てたんだよ」
「え……?」
「詩季が先輩になって、前を向くようになったあの日も寂しさを抑えながらも進み続けている今も、全て」
微かに感じていた視線は確かなものだったらしい。
「なんとなく感じてましたよ、先輩の陰」
「本当に……?」
「僕がどれだけ先輩のこと想い続けてると思ってるんですか」
声が聴けた、姿をこの目で見れただけでも幸せなことなのに『触れたい』という欲望が僕の脳を駆け巡る。
今更になって気づく、僕の願いは先輩と一緒に生きていくことだった。恋ではない、そんな単純な関係では表しきれないほどの想いを僕は先輩に抱いている。
そして、先輩もそうであってほしい。
「詩季、僕がどうして今日ここに来たかわかる?」
「僕がここに来た理由と同じだと思います」
「正解だね、きっと」
今日は葉加瀬 音斗の命日、あの瞬間から一年が経つ。
この再会は偶然ではなく、必然的なことなのだと思う。
「一年で僕は変われましたか、先輩」
「僕の手を離れて羽ばたいてる姿が綺麗だよ」
先輩の頬を涙が伝う、海面に落ちていく。
溶けていくように染み渡っていく先輩の一部に、あの日と同じ寂しさを覚える。
「詩季」
「はい」
「これから先はもう、詩季の生きる世界に僕はいない」
「……」
「それでも詩季は生きていかなければいけない」
「……はい」
「でも大丈夫だからね」
「え……?」
「きっと僕は詩季の心の中で永遠に生き続けていると思うから」
「先輩……」
「この心臓がもう一度止まっても、詩季の中では息をし続けていると思う」
先輩の言葉は僕を突き動かす、あの日恐怖心を取り払われた感覚を思い出す。
「先輩」
「……ん?」
「僕は先輩の分も音を奏でます」
「……」
「先輩の分も命を燃やします、心を揺らし続けます」
「……ありがとう」
貴方のいない世界を生きていく僕が次貴方に逢う時は、もっと成長した僕でありますように。
あの日、全てを失ったと絶望した僕に希望を宿し続けたのは過去の貴方の言葉と温度だったことを忘れずに、僕は僕自身を生きていきたい。
「先輩……」
隣を向いた時、先輩の姿は既になくなっていた。
突然現れ、突然姿を消す。無邪気で破天荒で儚くて美しい、僕に本当の僕を教えた大切な貴方へ。
いつまで続くかわからない僕の未来が胸を張れるものとなれますように。
「先輩、僕がそちらにいくまで待っていてくださいね」
返答はない、僕の願いに先輩は何て言葉を掛けるだろう。
「命ある限り、生きて、奏でていくことを誓います」
陽のあたり熱を帯びたトランペットを強く抱きしめる。耳を澄まし、波の音を聴く。
あの日と同じように左耳を傾ける、聞こえてくる波の音は心地よく鼓膜を劈く透明な音だった。