「……わたしね、いままでお墓参りいけなかったの。
でも、行きたい! 伝えたい!
あいつのおかげでわたしが幸せだったことちゃんとあいつに知ってほしい」
やっと萌奈の顔が晴れた。
よかった。彼女の表情が明るくなっていった。
「うん。わたしも付き添うよ」
買いたいものがあると花屋にいってから彼のお墓に向かうことにした。
外でまっている間、澄み渡る空を見ながらいっくんのことを想い出していた。
「あ、そのお花は?」
買い物から戻ってきた彼女が抱えていたのは、真っ白で美しい花束だった。
ざっと見た感じ、11本の花を買ったみたいだ。
「これは彼が好きだった花なの。白いアイリスの花言葉は希望、思いやり」
「素敵だね」
萌奈が彼氏さんのことを心から想っていると伝わってきた。
アイリスという花の名前は聞いたことがあった。
そして、アイリスという言葉はギリシャ語で虹を表す。
恋のメッセージとして彼氏さんに想いを伝えるのにふさわしい花だと思う。
お墓の前で萌奈は、静かに腰を下ろす。
わたしは少し離れたところで彼女を見つめる。
「わたしこそありがとう。幸せだった。そしてだいすきだよ」
無言になる。
彼女の左目からはひとつだけ涙がツーっと伝う。
この静寂のお墓の中、彼女の声だけが響いていた。
「これが最期……ほんとにだいすきでした」
萌奈がお墓の前で優しく微笑む。
その言葉をやっといえた彼女は前に進めるのかもしれない。
だいすきが過去形だったのは過去を受け入れるため、なんて思ったりもした。
絶対わたしが泣く場面じゃないのに、ふたりのことを想うと泣きそうになった。
萌奈は、こんなにも哀しい気持ちをひとりで抱え込んでいたのだ。
「……やっといえた」
そう安堵しながら呟く彼女を思いっきり抱きしめる。
「萌奈の悲しみにずっと気づいてあげられなくてごめんね」
ふるふると首を横にふる。
ゆっくりわたしから離れて、曇りのない顔で笑う。
「わたしこそごめん。あと、ありがとう。話聴いてくれて楽になれた。
ちゃんと自分の想いを伝えられた。
もう自分から死ぬのはやめるよ。こんなことあいつが望んでるわけない」
「うん!」
よかった。
自分の意思で納得してやめたのだからもう彼女はおなじことを繰り返さないだろう。
帰り道。
萌奈は彼氏さんとの想い出をたくさん話してくれた。
それはすべて明るいものでまるでそこにふたりがいるかのように情景が浮かんできた。
「前言ったでしょ? 知らなくてもいいこともあるって」
「う、ん?」
そういえば、図書館で言ってくれた。
全部を知る必要なんてないって。
「知らないほうが幸せだった。
例え連絡が途絶えてもたくさん泣いて悲しいけどどこかで生きてるって思ってたほうがよかった」
「……それはそうなのかもね」
わたしもその気持ちはわかる。
けど、知れたから前に進めることだってあるだろう。
「でも、それじゃあ萌奈はそのひとのこといつか忘れちゃうかもよ」
もうこの世にはいないという強烈な印象があるから忘れない。
ずっとそのひとは心の中で存在できる。
わたしもいつかだれかの心の中で生き続ける存在になりたい。
きっと彼氏さんは萌奈の中では生きたかった。
だからメッセージを遺したんだと思う。
「でも、わかる。わたしは死ぬならメッセージは遺さないよ。
どっかで幸せに生きてるってそう思ってほしいもの。
好きな人にはわたしのことなんか忘れて前に進んでほしい」
なんていつしか考えたことのある言葉を口に出す。
わたしだって、死について考えたことがないわけじゃない。
情緒がおかしいとき、死に惹かれることだって何度かあった。
それはきっとだれにでも起こる可能性がある瞬間だろう。
「結蘭こそだめだよ」
萌奈の言葉で、思考が戻っていく。
「え?」
「そんなことしないでね」
「……大丈夫だよ」
いつも通りにっこり笑う。
わたしはまだやりたいことがたくさんあるから、大丈夫。
そう簡単にいなくなったりはしないよ。
「結蘭!」
別れ際、去っていく萌奈の背中をじっと見つめた。
すると、突然ふり向いてわたしの名前を大声で叫ぶ。
「んー?」
「時間は有限。結蘭は後悔しないようにね」
「……」
それだけ残して彼女は去っていく。
離れていたせいで表情はうまく読み取れなかった。
そっか。いまがずっと続くわけじゃないんだ。
時間は限りがあるし元には戻らないし、すごく重たくて大切なもの。
このまんまでいいとか言ってたけど、もしなんかあったとき後悔しないって言い切れる?
自問自答した。
付き合うことは不安。また別れたくないから。
でも、彼のことが好きなのは事実。
はじめから全部全部、なかったことにしてやり直せたらと思ってた。
でも、やり直すのが大事なんじゃなく、その事実を受け止めて前に進むことだ。
過去を忘れるのではなく、受け止める。
頭の中が少しずつ整理される。
別れるのが怖いから付き合いたくない。
それを恐れるのは間違っていた。
人生には必ず終わりがあってどこかで絶対別れがくる。
付き合っても付き合わなくてもお別れはあるんだ。
だったらわたしの選ぶ答えは––––––



