『夢を見てさ、らんからこの先俺ともう付き合うことはないって言われる夢やってさ』
『嫌って思うってことは無意識に取られたくない、付き合いたいって思ってるのかもしれない』
ふいにこんなメッセージが届いた。
やっとわたしは前に進めると思っていたのに。
また気持ちがぐらぐら揺れていた。
『直接話さない?』
わたしがこういってカフェで話すことにした。
文章じゃ真の気持ちは理解しにくい。
直接話すことで顔から読み取れることもあるだろうから。
「正直言ってわたしは付き合うことはもうないと思ってた」
好きだけど、付き合いたいという想いは出てこない。
また、おんなじことを繰り返しちゃいそうで。
それは怖い。
だったら、いまのままで充分だから。
「らんがこの先だれかと付き合うって思ったら嫌とは思う。
でも、まだ好きの感情がよくわからない」
「好きじゃないのに付き合わせるのは申し訳ないよ」
ふたりの会話は噛み合わない。
きっとそれが答えなのだろう。
わたしたちは一度別れたんだから。また、おんなじことが起きても不思議じゃない。
「付き合いたいかって訊かれたら迷う」
どっちにするべきなんて自分でもよくわからない。
「……そっか。でも、俺の中の優先順位はまだゆらんがいちばんだから」
「……っ」
彼の言葉は、わたしの心にまっすぐ届いた。
そんな、心をかき乱すようなこと言わないでよ。
本名で言わないでよ。
またドキドキしちゃう。
「俺も自分の気持ちちゃんと確かめてみるから、だから……らんも」
「わかった、よく考えてみるよ。
優先順位がいちばんなのは特別に想ってるって勘違いするよ?」
別れ際に少し意地悪な質問をしてみた。
どうか、それは違うって言って。
そうすれば、わたしの気持ちは決まってもう想い悩まないから。
なのに、
「いいよ!」
と満面の笑顔で期待外れのことをいう。
その日の帰り道。
ちょうど信号待ちをしている萌奈を見かけた。
なんだか下を向いていて、赤信号なのに構わず歩き出そうとしていた。
思わずわたしは、
「萌奈!?」
走ってその手を引っ張った。
軽く倒れかけた横に、座って、萌奈に優しく寄り添う。
「ゆ、らん?」
萌奈の目には涙が溜まっていて、いまにも溢れそうだった。
「なにやって! じゃなくて……なにかあったの?」
下を向いたまま、しばらく無言になる。
その間、喧騒がやけに大きく聞こえた。
「今日ね……好きだったひとの命日」
「え」
驚愕しながらも萌奈の言葉に耳を傾ける。
ひとつずつ過去のことを丁寧に話してくれた。
萌奈には彼氏がいたらしい。
そのひとは去年の今日自ら命を絶った。
彼のほうから萌奈に惹かれて付き合ったみたいだ。
「なにが原因なのかはずっとわからないまま」
明確な理由はわからないが、最期に
『ありがとう。幸せだった。
無理して付き合わせて迷惑かけて悪かった』とメッセージを遺したそうだ。
「迷惑なんて思わない。相談してくれないほうが迷惑だよ」
「……萌奈」
吐き捨てるようにいった彼女はすべてを諦めたような顔をする。
わたしじゃ彼女を救えないのかな。
そんな経験もないわたしが偉そうなこといえる立場じゃない。
言葉に詰まる。
すると、今度はぼろぼろに泣き出す。
「あいつがこの世界からいなくなるなんて思ってもなかった!」
打ちひしがれてる彼女の肩を優しく撫でる。
「最初はそんなつもりなかった。ただの友だちで。告白されたから付き合った。
その程度だった。だから、一度も好きだって言えなかった。
いなくなってやっと気づいた。だいすきだったって。
いまさらなにもかも全部手遅れなのに」
あぁ、萌奈はこんな想いをずっとひとりで抱えていたのか。
こんな深い悲しみになんで気づけなかったんだろう。
悔しいよね。苦しいよね。
わたしにはわかってあげられない壮絶な苦しみ。
それでも生きないといけない現実を受け入れなければならない。
そしてその後悔は永遠に消えることはないんだから。
「わたしはただ、あいつに生きていてほしかった。ただそれだけでよかった」
うんうん、と萌奈の呟きをただひたすら肯定する。
「生きている限り、あいつの気持ちは理解できない。
生きている人間が自死を選んだひとの気持ちを理解できることは絶対にない。
わたしは彼を救えなかったのだから。
だから、もういいの。わたしもそっち側にいきたいの」
たしかに絶対理解できないだろう。
他人の気持ちですら、理解できないのだから。
「でも、まって!」
再び死のほうへ向かおうと左足を出そうとする彼女の手を掴む。
「ごめん。萌奈が死にたいくらいこんな想いしてるときに引き止めてごめん。
でも、言わせてほしい」
彼女とは視線が交わらない。
わたしが言えることはきれいごとしかないのかもしれない。
でも、それでも、伝えたい。
「萌奈、救えなかったとか思わなくていいんだよ。
萌奈が責任を感じる必要なんかないよ」
「……」
「でも、自死を選ぶことを否定はしない。それもひとつの答えだもの」
わたしは、自死について肯定も否定もしない。
彼女の人生は彼女のものなのだから。
どんな結末を選ぼうと彼女の自由なのだ。
そこに介入することはできない。
迷いに迷って自死を選ぶのなら、悲しくて辛いけど、わたしはそのことを否定は絶対にしない。
でも、見て見ぬふりはしたくない。救えるのなら救いたい。
だから、わたしにできることは––––––
「……矛盾してるじゃん」
萌奈が呆れたようにボソッと呟く。
「そうだよ! きっとこの世界には矛盾してることのほうが多いかもしれない」
うそは悪いことだと言われているのに、時にはうそが必要なことがあるみたいに。
「でもさ、わたしは萌奈に生きていてほしい! それはうそじゃない、事実だよ。
きっと彼氏さんもおんなじことを思ってるよ」
わたしが萌奈に生きることを望んでると意見を言うだけ。
どうか死にたいなんて言わないで。
「……ない。彼氏じゃない。もういないんだもん」
「彼氏でしょ。萌奈たちは一度も別れ話をしていないんだから」
「それ新しく彼氏つくったら二股にならない?」
「なる……いや、ならない!」
「……もう! 相変わらず結蘭は適当なことばっかいって」
テンポよく言い合ったあと、萌奈は、涙をふいて呆れたように少しだけ笑みを浮かべた。
それから「まあ、そんな結蘭が好きだしいいところだと思うけど」と言い添えた。
萌奈がゆっくり立ち上がって朧げな瞳で空を見上げる。
「ずっと幸せになっちゃいけないと思ってた。でも、もういいのかな」
「え」
「もしほかのだれかのことを好きになっても許してくれるのかな?」
これが萌奈なりの弱音なのかもしれない。
はじめて頼ってくれたのかもしれない。
今度は、虚ろな瞳をしながら、わたしに問いかける。
「あたりまえじゃん! 萌奈の幸せがきっと彼氏さんの幸せになるよ。
萌奈がこの先ずっと引きずってだれのことも好きにならないでいたら彼氏さんは悲しむよ。
そうやって萌奈に不幸せになることを願ったの?
ちがうでしょ? 幸せになってもいいんだよ」
萌奈はまだ生きているんだから。
この世界できっと萌奈はまただれかのことを深く愛せると思う。
また、彼女は、溢れ出る嗚咽を飲み込むように苦しそうに泣いていた。



