もう一度、好きというために


 クリスマスがおわり、わたしは吹っ切れた、と思った。
 彼の名前が画面に表示されても、もう胸は大きく揺れない。
 ……はずなのに。
 スクロールする指先だけが、一瞬だけ止まる。
 その癖を、まだ身体が覚えていた。

 
 夕焼けが薄くなって、街灯がひとつずつ灯り始めていた。
 並んで歩いているのに、少しだけ距離があった。
 雑音だけが、やけに響く。

結蘭(ゆらん)ちゃんもなんか元気ない?」

 太陽くんと一緒に帰る途中、彼が話題を変える。
 萌奈(もな)は、珍しく風邪で休みだった。
 だから、わたしもと言ったのだろう。

「そうかな?」

「無理しなくてもいいんだよ、俺の前だけは」

「え?」

 一瞬、言葉が途切れる。
 風の音だけが、間に流れた。
 遠くで信号の電子音が、規則的に鳴っている。

「……俺さ」

 ほんの少しだけ視線を逸らして、

「結蘭のこと、好きだから!」

 大きな声で、しっかりと届いた。
 彼からの明確な告白に吃驚(きっきょう)した。

 視線を落とす。
 アスファルトのひび割ればかりが目につく。
 うまく顔を上げられない。

「……ちょっと、性格悪いこと言っていい?」

「え?」

「うれしいと思った」

 少しだけ苦笑する。

「結蘭が泣いてたとき、チャンスだと思った。
 俺、付き合ったら絶対泣かせない! さみしい想いだって絶対させないから!
 毎日ちゃんと想いを伝えるよ!」

 どんどん声を強調させていく。

 なんで、この人じゃだめなんだろう。

 こんなに近くで、こんなにまっす言葉をくれるのに。
 ちゃんと向き合ってくれているのに。
 それでも浮かぶのは、もう触れない人の温度だった。

 でも、言わないといけない。
 太陽くんは、こんなにも想ってくれているんだ。
 中途半端な態度をとって傷つけていいはずがない。

「……わたし、忘れられないひとがいるの」

 わたしがぽつりと零した言葉に彼は足を止める。
 太陽くんはなにも言わなかった。

「頭ではわかってる。
 その人がもうわたしのこと好きにならないことぐらい。
 痛いくらいわかってるの。なのに、心が追いつかないの。
 まだ、心が進めてないの」

 視界が揺れる。
 足元が少しだけ遠く感じる。

「ごめ、ん。ごめんなさい。
 太陽くんの気持ちには応えられません。
 あと、わたしなんかを好きになってくれてありがとう。
 うれしいよ」

 深く深く頭を下げた。
 彼の想いに気づくような瞬間はあったはずなのに、見てみぬふりをしていた。
 もう友だちじゃいられなくなるのかな。

「顔、上げて?」

 ゆっくりと視線を元に戻す。
 太陽くんはどこか納得いったような表情をしていた。

「なんとなく、わかってた。俺じゃ、だめなんだよな」

「……うん、ごめん」

「ほら、もう泣かないで。結蘭ちゃんには笑っててほしいよ」

 呼び捨てから、いつも通りの呼び方に戻り、安心した。
 すると、ほっぺを軽くつねられる。
 その手から、太陽のような暖かさや優しさが伝わってまた泣きたくなる。

「あー俺、フラれちゃったか! はじめてだよ」

 明るく言ったあと、ほんの一瞬だけ、目を逸らした。
 通りすがりの人たちは怪訝(けげん)そうにちらちらと見ていた。
 なのに、太陽くんは、止まらない。

「顔は結構イケメンなほうだと思うけどなー、なんて」

 大きな声で自分でイケメンって言っているところがおかしくて自然と涙が引っ込んでいく。

「あ、よかった。笑ってくれた」

 もしかしてわたしが気まずい思いをしないようにわざとだったのだろうか。
 うれしそうに笑い返してくれた。

「太陽くんはすてきな人だよ。
 それに、わたしはイケメンだからって理由でだれかを好きにならないよ」

「それもそうだよな! 俺も結蘭ちゃんのこと顔がかわいいから好きになったわけじゃないよ」

「うん」

「あ、もちろん顔はかわいいと思うけどね!」

 サラッと恥ずかしくなるようなことも言ってくれる。
 彼はもう悲しい顔はしてなかった。

 そのあとは、告白した雰囲気がうそみたいにふたりで雑談して笑いあった。




「そっか。太陽の告白断ったんだ」

「……うん」

 次の日、萌奈には告白のことをちゃんと伝えた。
 教室はいつも通りなのに、萌奈の声だけ、少し温度が低かった。
 窓から入る光が、白く感じる。

「じゃあまだ想ってるんだね」

「……うん」

「付き合ってたときあんなに傷ついたのに?
 3ヶ月で気持ち変わるなんてそもそもそんなに好きじゃなかったんだよ。
 それにこの前のクリスマスだって思わせぶりなんじゃないの?
 それ、優しさだと思う?」

 萌奈がこんな強い口調で言うのはわたしのことを心配してくれているからだ。
 彼女なりに優しさだってわかっている。

「でも幸せだったあの時間だけはうそじゃないよ」

 付き合ってた頃の時間は幸せだった。
 はじめての恋愛でなにもかもわからなくてたくさん傷ついて感情も揺れた。
 でも、好きって想えたことは本物だ。
 それだけは決してうそ偽りのない(たし)かな感情だ。
 その幸せだった過去は永遠に残り続けるだろう。

「……そういうえば、わたしも」

 萌奈はよくわからない返答をして、悲しそうな顔を一瞬だけみせた。

 どうしたの? と言えなかったのは、萌奈が先生に呼ばれて向こうへ行ってしまったから。
 彼女の背中が、やけに遠く見えた。


 太陽くんからの告白がひとつめの衝撃なこと。