もう一度、好きというために


 紅葉や秋桜の匂いが、少しだけ甘く感じる季節だった。
 水族館のチケットが余っていたから萌奈(もな)と太陽くんの3人でいくことにした。
 待ち合わせ10分前に着くと太陽くんは既に来ていた。

 はじめてみる私服姿は、なんだかいつもとは雰囲気が違って、目が合わせられない。

「萌奈が遅いの珍しいね」

「たしかにね」

 待ち合わせするときは、いつも萌奈のほうがはやく来るはずなのに来なくて心配になる。
 事故とかに遭っていないといいけど。
 そんなことを考えていたらスマホが震える。

「……あ! メッセージきた! ……え」

 すぐに確認すると、思わず声が漏れた。

「どーした?」

 太陽くんがスマホを覗き込むように一歩近くに来る。

「萌奈、急用ができたみたいでいけなくなったって」

 珍しい。
 あの萌奈が、当日に来ないなんて。
 少しだけ、引っかかった。

「ま、じか」

 太陽くんが少し動揺する。
 そして、わたしの顔を(うかが)うように()く。

「どーする? 俺らふたりでいく?」

 一瞬、言葉が出なかった。

 行けばいい。
 そうすれば、少しは前に進めるかもしれない。

 ――なのに。

「……ごめん。今日は帰ろ」

 自分でも驚くくらい、はっきりとした声だった。

「……そっか」

 太陽くんはすぐに笑った。
 でも、ほんの少しだけ、笑い方が遅れた気がした。

 ただ――

 ここは、いっくんと来たはじめての場所。

 はじめて並んで歩いた通路。
 隣に見える観覧車。
 あのときの景色が、まだそのまま残っている気がして。

 上書きなんて、できなかった。




「そういうば、太陽、最近隣のクラスの女子とよくしゃべってるよな」

 放課後、自分のクラスを出ようとすると、隣のクラスのまだ残っていた男子たち数人がドア付近で話していた。
 ここの廊下を通らないと下駄箱までいけない。
 
 もしかしてわたしのことかな。
 自意識過剰かもしれないが、太陽くんがほかの女子と話してるのを見たことがない。
 気になって少し離れた壁で盗み聞きする。

「そうだな」

「珍しい。太陽はあんな真面目な子と話さんと思ったし、逆も太陽みたいな見た目がチャラそうなの嫌いそうなのに」

 まあ、お前は金髪なだけでほんとは優しいけどな、と補足して、仲がよさそうに肩を叩く。

「俺も話すようになるとは思わなかった」

 わたし、そんな真面目じゃないし、べつに嫌ってないからほかの子のことか。
 立ち聞きもよくないから離れようとした。

「結蘭ちゃんはさ、俺を外見だけじゃなく、中身で見てくれたんだ」

「……っ」

 突然の言葉に、離れようとした足が地面にくっついたかのように動かなかった。

「俺、金髪だしチャラい見た目だけど、そんなのお構いなしに笑顔で接してくれた。
 困ってたときにだれもがスルーしていく中、向こうから手を差し伸べてくれたんだ」

「へぇ。めちゃくちゃ優しい子じゃん」

「そう。俺には真似できないから尊敬する」

 太陽くん。
 そんなふうに思っててくれたの?
 こっそり彼の様子を窺うと、はにかんだような照れた顔の太陽くんが見えた。

 胸の奥が、少しだけ痛んだ。
 それがどういう意味なのか、まだわからなかった。



 あれは今年の春頃。
 いつも通り登校していると、花壇の土を掘り返してなにかを一生懸命探している人が目に入った。
 とても困った様子だった。

「あークッソ、ない!」

 金髪で着崩した服装から少し怖い印象。
 しかも、イライラしているようだ。
 それもあるからかみんなは逃げるようにすばやく去っていく。

「どうしたんですか?」

 気づけば、近づいて声をかけていた。
 困っている人が目の前にいたらほっとけない。
 そのひとは、驚いた顔でこちらを見つめた。

「いや、家の鍵をなくしてしまって」

「それは大変ですね」

 おせっかいとはわかっていたけど、しゃがんで土に手を伸ばす。

「まってください。汚れちゃうんで大丈夫ですよ」

 彼は、わたしの手を止めようとしたけど軽くかわす。

「ふたりで探したほうがきっと楽ですよ」

 しばらく一生懸命に土を掘り返していると、中から光るものを見つけた。

「あった!」

「え、あ! ほんとにありがとうございます!」

 くしゃりと笑って、大事そうに鍵を両手で受け取る。

 このひと見た目ほど怖いわけじゃない。
 言葉遣いもしっかりしてる。
 きっといい人なんだろう。

「見つかってよかったです!」


 あのときの「ありがとう」が、こんなふうに続くなんて思わなかった。




 肌寒い季節が近づいてきた。
 冬になると人肌が恋しいからかカップルが増えるらしい。

 いつもは気軽に話しかけてくれる太陽くんが今日は少し落ち着きがなさそうにソワソワしながら話しかけてきた。

「あ、のさ、結蘭ちゃんってクリスマス空いてる?」

「……わかんない」

 すぐに答えられなかったのは、予定のせいじゃなかった。

「そっか。もし空いてたら教えて」

「うん」

 少し落胆したような表情に申し訳ないと思う。

 だれかから誘われるなんて思ってもなかった。
 だから、咄嗟にわからないと言ってしまった。
 はじめから空いてるのに。
 どうせいっくんから誘われることなんてないのに。

 それでも。

 期待してしまう自分が、まだどこかにいる。

 ーーだから、進めない。