紅葉や花の香りが漂うある秋のこと。
水族館のチケットが余っていたから萌奈と太陽くんの3人でいくことにした。
待ち合わせ10分前なのに太陽くんは既に来ていた。
なんだかいつもとは雰囲気が違って、目が合わせられない。
「萌奈が遅いの珍しいね」
「たしかにね」
待ち合わせするときは、いつも萌奈のほうがはやく来るはずなのに来なくて心配になる。
事故とかに遭っていないといいけど。
そんなことを考えていたらスマホが震える。
「……あ! メッセージきた!」
「……え」
すぐに確認すると、思わず声が漏れた。
「どーした?」
「萌奈、急用ができたみたいでいけなくなったって」
「ま、じか」
太陽くんが少し動揺する。
そして、わたしの顔を窺うように訊く。
「どーする? 俺らふたりでいく?」
「……ごめん。今日は帰ろ」
申し訳ないと思ったけど頭を下げた。
場所がここじゃなかったなら、いっていたのに。
「いいよ。結蘭ちゃんは萌奈がいないと嫌だよね」
少し悲しそうな顔でこっちを向く。
ちがう。嫌とかじゃない。
ここ、いっくんと来たはじめてのデート場所。
隣に見える観覧車ははじめてキスをした場所。
まだ消したくない。
上書きしたくない。
いまはまだそう想ってしまうから。
この想い出が形を変えるときまで……ごめん。
偶然、隣のクラスにいく用事があって、足を踏み入れようとすると、
「そういうば、太陽、最近隣のクラスの女子とよくしゃべってるよな」
と声が聞こえた。
思わずドアの後ろに隠れてしまう。
もしかしてわたしのことかな。
自意識過剰かもしれないが、太陽くんがほかの女子と話してるのを見たことがない。
「そうだな」
「珍しい。太陽はあんな真面目な子と話さんと思ったし、逆も太陽みたいな見た目がチャラそうなの嫌いそうなのに」
まあ、お前は金髪なだけでほんとは優しいけどな、と補足して、仲がよさそうに肩を叩く。
「俺も話すようになるとは思わなかった」
わたし、そんな真面目じゃないし、べつに嫌ってないからほかの子のことか。
立ち聞きもよくないから離れようとした。
「結蘭ちゃんはさ、俺を外見だけじゃなく、中身で見てくれたんだ」
「……っ」
突然の言葉に、離れようとした足が地面にくっついたかのように動かなかった。
「俺、金髪だしチャラい見た目だけど、そんなのお構いなしに笑顔で接してくれた。
困ってたときにだれもがスルーしていく中、向こうから手を差し伸べてくれたんだ」
「へぇ。めちゃくちゃ優しい子じゃん」
「そう。俺には真似できないから尊敬する」
太陽くん。
そんなふうに思っててくれたの?
こっそり中の様子を窺うと、少し照れた顔の太陽くんが見えた。
あれは春頃のこと。
いつも通り登校していると、花壇の土を掘り返してなにかを一生懸命探しているひとが目に入った。
とても困った様子だった。
金髪で着崩した服装から少し怖い印象。
それもあるからかみんなは逃げるようにすばやく去っていく。
「どうしたんですか?」
気づけば、声をかけていた。
困っているひとが目の前にいたらほっとけない。
そのひとは、驚いた顔でこちらを見つめた。
「いや、家の鍵をなくしてしまって」
「それは大変ですね」
おせっかいとはわかっていたけど、しゃがんで土に手を伸ばす。
「まってください。汚れちゃうんで大丈夫ですよ」
彼は、わたしの手を止めようとしたけど軽くかわす。
「ふたりで探したほうがきっと楽ですよ」
しばらく一生懸命に土を掘り返していると、中から光るものを見つけた。
「あった!」
「え、あ! ほんとにありがとうございます!」
このひと見た目ほど怖いわけじゃない。言葉遣いもしっかりしてる。
きっといいひとなのだろう。
やっぱり外見で判断するもんじゃない。
「見つかってよかったです!」
懐かしいなぁ。
あのときはここまで仲良くなれるなんて思いもしなかった。
「あ、結蘭ちゃん。今日ポニーテールだ! 似合ってる」
「褒めてもなんもでないよ! でも、ありがと!」
髪型や少しの変化にも気づいてくれる。
太陽くんみたいなひとが彼氏だったら、その彼女さんは幸せになれるだろうな。
そんなことを考えたとき、ふと思った。
なんで、太陽くんは友だちって想えるのだろう。
もちろん、好きだけど、恋愛として見たことがない。
新しい恋に進むなら太陽くんだって、あてはまってもいいはずだ。
なんでなんだろう。
いつもは気軽に話しかけてくれる太陽くんが今日は少し落ち着きがなさそうにソワソワしながら話しかけてきた。
「あ、のさ、結蘭ちゃんってクリスマス空いてる?」
「え? えっと……わかんない」
「そっか。もし空いてたら教えて」
「うん」
びっくりした。
だれかから誘われるなんて思ってもなかった。
だから、咄嗟にわからないと言ってしまった。
はじめから空いてるのに。
どうせいっくんから誘われることはないのに。



