『やっぱり花火一緒にいくか?』
ふいに震えたスマホに届いたメッセージ。
花火。
――あのときの約束。
もう、とっくに終わったものだとと思っていたのに。
どういうつもりなのかはわからなかった。
友だちとしてなのか、それとも――
それでも、断れなかった。
もしかしたら、これで終われるかもしれないと思ったから。
「久しぶり! 元気だった?」
「うん!」
遠距離だったわたしたちは、会うこと自体が特別だった。
それでも彼は、あの頃と変わらない笑顔でそこにいた。
「俺も元気やったよ」
その声を聞いた瞬間、胸が締め付けられる。
――ああ、まだ好きなんだ。
「んーチョコバナナやっぱおいしい!」
屋台を見つけて、思わずはしゃぐ。
バナナが嫌いな彼は嫌そうにこっちを窺っていた。
「よくそんなの食べるな」
「え、おいしいよ! 食べてみる?」
慣れた手つきで、バナナを彼の口元へ運ぶ。
「え?」
その顔を見て、はっとした。
もう、その距離感は、許されていないはずだった。
「……ごめん。なんでもない」
空気が一瞬で冷える。
視線が交わらない。
隣にいるのに、遠かった。
それからは無言で花火がみえる川岸に向かった。
そこには大勢の人がたくさんいてはぐれないようについていくのが精一杯だった。
もちろん、手は繋いでいないのだから。
花火を観る場所を確保し、座ったあと、無言の空気を壊したのはいっくんからだった。
「あれからどう? 最近どう? なんか変わった?」
その問いに、なぜか嘘がつけなかった。
「……変わってないよ」
「え?」
「いまもこの想いは初恋のまま。変わらないよ!」
驚いたのか、どんな顔していたのかは暗くてよくわからなかった。
少し経ったあと「……ありがとう」とそれだけ零した。
音楽に合わせて夜空に咲く花が輝くたびに、言えなかった言葉が胸の奥で弾けていく。
彼とはもう会話することはなかった。
花火大会が終わってそれぞれ帰ったあと、一緒にいってくれたお礼のメッセージが入っていた。
それからわたしの想いに対する明確な断りも。
『ごめんけどもう好きになることはない』
その一文が、驚くほどあっさりしていた。
まるで、最初からなにもなかったみたいに。
たったそれだけで。
これまでの時間も、想いも。
全部、終わった気がした。
『お互い新しく恋人ができても友だちとして仲良くしよ』
画面を閉じることもできず、ただ、見つめることしかできなかった。
――あぁ、ほんとに終わったんだ。
スマホを伏せる。
それでも、頭の中では、彼の声が、何度も繰り返されていた。
このままじゃいけない。
そう思って、連絡先をスクロールした。
だれでもいい。
だれかと話せば、この想いも、少しは薄れると思った。
でも。
「最近らんちゃんよく返信してくれるね」
「たくさん話してくれてうれしい」
「通話できてたのしかったよ」
SNSのアカウントで、わたしはらんちゃんと呼ばれる。
たくさんの人が名前呼んでくれて、必要としてくれた。
わたしだってたくさんの人と話すのはたのしかった。
「結蘭ちゃんとはじめて話したけど印象変わった!」
「これからも話しかけてよ」
「また一緒にゲームしたい」
学校の友だちだってこういってくれた。
わたしだって普段話さない子と話すのはいい刺激になった。
――なのに。
どうしても比べてしまう。
声も、言葉も、距離感も。
全部、違うのに。
どんな優しさも届かなかった。
全部、足りなかった。
代わりなんて、どこにもいなかった。
「なんで……」
ぽつりと声が漏れる。
「なんで、消えてくれないの」
忘れたいのに。
いちばん消えてくれないのは、自分の気持ちだった。
放課後、だれもいない教室でひとり蹲る。
「大丈夫?」
視線を上げると体操服を着た太陽くんの姿があった。
その優しい声が余計に、苦しかった。
「あ、うん。大丈夫だよ」
勝手に喉から顔を出した言葉。
我ながらなんて説得力のない大丈夫なんだろうと思う。
事情を話すわけもなく視線を落とす。
「あのさ……俺、園芸部だから、花の水やりしてるんだ。
よかったらくる?」
心配そうに聞こえた声に無言で頷き、ついていく。
太陽くん。部活入っていたのか。
意外だった。
そういえば、はじめて会話したときも花壇だったな。
彼に連れられてきた場所には、きれいなハイビスカスの花がたくさん並んでいた。
学校の裏にこんなとこがあったなんて知らなかった。
「はい、これ。あげるよ」
「しおり?」
手の中にあるのは赤色のハイビスカスの栞だった。
はじめて男の子からなにかをもらって、どうすればいいかわからなかった。
そんなわたしをお構いなしに太陽くんは淡々と説明していく。
「ハイビスカスって一日花だからどんどん新しい花を咲かせるんだ。
それでこんなにきれいなら少し形にして残しておきたいなと思って作ったんだ」
「そーなんだ。……ありがとう」
素直にうれしいと思ったのに笑顔が上手につくれなかった。
そんなわたしに彼は、少し悲しそうにする。
「ハイビスカスの花言葉は、“新しい恋”」
その言葉が、胸に刺さった。
新しい恋。
そんなの、できるわけないのに。
なのに――
「その相手、俺じゃだめ?」
心臓が、強く跳ねた。
優しい声だった。
逃げ道を残してくれるのに、ちゃんと踏み込んでくる。
「いや、なんもない。がんばってね」
そうやって引いてくれるところも、やっぱり優しくて。
こんなふうに想ってくれる人がいるのに。
――それでも。
浮かぶのは、あの人の顔だった。



