前みたいに大きくぶつかることはなくなった。
それでも、すれ違う夜はある。
言葉が少し足りなくて、通話が途切れることも。
「わたしのせいでイライラするなら別れたほうがいいのかなって考えるときがあるの。
でも、……別れたくない」
視線を落としたまま言うと、少しだけ間があった。
「……ひとつ言っていい?」
顔を上げるのが怖かった。
「あの頃は、俺が子どもだっただけ。
いまは違う。イライラしても、それで離れたいなんて思わない」
「え?」
「離れること、もう考えなくていいよ」
その言葉は静かだったけど、まっすぐ届いた。
「一生大切にするって、約束する」
照れたように笑うその顔に、思わず息がこぼれる。
「約束ね!」
「うん」
絡めた小指が、少しだけあたたかった。
もうすぐ、彼の誕生日だった。
なにを渡そうか考えて、
最後に残ったのは――想い出だった。
かたちにするなら、これだと思った。
わたしたちの時間を、言葉にすること。
「ねえ、あのとき別れることを選んでくれてありがとう」
少しだけ驚いた顔をしてから、彼は笑った。
「また好きになってくれて、ありがとう」
「俺、もう一回、好きになれてよかった」
彼の言葉に、思わず笑ってしまう。
あの別れは、きっと間違いじゃなかった。
遠回りだったとしても、ここに来るために必要な時間だった。
あなたと出逢ってから、景色が変わった。
なにもなかった毎日に、名前のつかない感情が増えていった。
知らないことばっかりだった。
こんなふうに、だれかを想うことも。
ひとつの空を見ながら思い耽る。
同じ空の下にいる、ただそれだけのことが、心強い。
「ゆらんがいてくれるだけで幸せだよ」
隣で、彼が静かに言う。
その声を、ちゃんと覚えていたいと思った。
これから先、なにがあるかなんてわからない。
それでもいい。
終わりがあることも、もう知っているから。
だから、いまを選ぶ。
繋いだ手を、少しだけ強く握り返した。
「ねぇ、あなたのことほんとにだいすきだよ!」



