「だがきっと、この気持ちはお鈴も似たようなものを持っている気がするんだ。絃の痛みも苦しみも、すべて自分が背負いたいと思っているようだったから」

「……でも、わたしは、嫌です。逆は然りですけれど……」

「そういうものなんだろう、きっと。誰しも大切な相手には心を砕く。ゆえにこそ、ときにはぶつかり合うことも必要なのかもしれないな」

 噛みしめるように告げると、士琉はおもむろに立ち上がった。

「士琉、さま?」

「俺は君を裏切らないし、信じている。だから、足掻くが、待ちもする。焦らず、君が俺のことを心から信じられるようになるまで、いつまでも」

 ひとこと、ひとこと、丁寧に言い聞かせられるような感覚だった。愁眉を開いたわけではないのに、よくも悪くも荒んでいた胸中が少しずつ凪いでいく。

「長居をしてすまなかった。夜も遅いし、また改めて顔を出させてくれ」

 ぽんと頭に手を乗せられた絃は、おすおずと頷いた。
 しかし、わずかに渦巻いた淋しさが表情に表れていたのだろうか。そっと手を動かした士琉は、苦笑しながら絃の頬を撫でた。

「……俺としては、君の方がよほどずるいと感じるんだがな」

「え?」

「いや。お鈴の件は俺の方でも考えておくから、絃はもうしばらくここでゆっくりと身体を休めるといい。いろいろと落ち着いたら、俺の屋敷へ帰ろう」

 きっと、お鈴との関係を(おもんぱか)ったうえでの計らいだろう。
 お鈴が現在どういう心持ちであるのかはわからないが、トメもいない状況で屋敷に戻れば、確かにもっとこじれてしまうかもしれない。ややこしくしないためにも、きちんと話をつけてから元の生活に戻った方がよさそうだ。

(士琉さまは、わたしが沈みそうになると、いつも手を差し伸べて呼吸ができる水面まで引きあげてくれる……。まるで、あの文を送ってくれていた人みたい)

 もしかすると、本当はすべて、わかっているのかもしれないけれど。
 今はまだ、どうか気づかないままで。

「……士琉さまも、どうかちゃんとお休みになってくださいね」

 頭上に乗せられた大きくしなやかな手をそっと取って両手で包み込めば、士琉がわかりやすく固まった。
 なるほど、と思う。
 触れたい相手に自ら触れると、心がとても満ち足りて胸がいっぱいになるらしい。
 士琉と共にいると、絃の知らない感情が次々に溢れる。
 最初は怖いとすら感じていたそれが、今はとても心地いいのだから、人の心とはまことに、不思議だ。