まだ十五歳、なろうと思えば今からでも祓魔師になれるだろう。あるいは、年頃になったら結婚して、どこかの家庭に入るのもひとつの幸せかもしれない。
猪突猛進なところはあるが、基本的には器量がいいうえ、心根は誰より真っ直ぐで愛らしい。そんな彼女のことを愛してくれる相手なら、いくらでも見つかるはずだ。
いや、なにも月代にこだわる必要もない。
お鈴には、もっともっと多くの選択肢が、可能性がある。
今後生きていく在り方を模索するためにも、いっそこのまま侍女職を離れるという道も悪くはないだろう。閉鎖的な月代を変えたいと願う弓彦に頼めば、その後押しくらいはしてくれるはずだ。
(わたしは、お鈴に幸せになってもらいたい。そこに、わたしがいなくとも)
思わず爪が皮膚に食い込むほど、ぎゅっと手指を握り込む。
すると、目ざとくそれに気づいた士琉が「こら」と絃の方へ前のめりに身を乗り出してきた。急激に、ふたりの距離が近づく。
「えっ……あ……!」
士琉が絃の左手を上から包み込んだ瞬間、驚いた絃はとっさに身を引く。
それが悪かったのだろう。腹筋に力が入らず褥に倒れた絃は、絃の手を握っていた士琉をも巻き込んだ。視界が反転し、どさりと背中が褥につく。
「っ……!!」
気づけば、士琉が絃に覆い被さっていた。
士琉もさすがにこれは思いがけないことであったのか、鼻先が触れそうなほど近づいた距離に硬直している。互いに呼吸すらままならない、数瞬。
だが、沈黙のなかでも見つめ合う瞳に映る自分は、言葉にならないほどの戸惑いを浮かべながらも、士琉を受け入れていた。
それがとても不思議で、恥ずかしくて、絃は同時に理解する。
──……自分はもうとっくに、士琉に心を許しているのだと。
「っ、すまない。今、退く──」
先に言葉を発したのは士琉だ。
だが、彼が最後まで言い切る前に、絃はなかば反射的に士琉の胸元をそっと掴んで引き止めていた。起き上がりかけていた士琉は、ふたたび絃の顔の横に立て肘をつくことになる。体勢がさらに崩れたのか、さきほどよりも、なお近い。
「な……っ」
いったいなにが起きているのか理解できない、といったように諸目を見開く士琉の耳は、暗がりでも感じられるくらいに紅潮している。
「い、と?」
「あっ」
(わたし、なにを……っ)
絃も絃で、己の無意識の行動に混乱する。
ただ、そう。このまま、離れたくないと……思ってしまった。
もっと近づきたいと。行かないでほしいと。
そばにいてほしい、と。
絃の心が、手を伸ばしてしまった。
ふたりきり、わずかな隙間で交わる視線の熱が今にも相手へ伝播してしまいそうなのに、やはり嫌ではない。胸がいっぱいで、言葉にならないけれど。
とはいえ、こんな奇妙な行動をしてしまった手前、せめて絃からなにか言わなければと、散開する思考をそのままに「あの」と絞り出そうとする。
だが、その寸前。
間近に迫る士琉の端麗な相貌が、苦の色をはらんで、くしゃりと歪んだ。
「……勘弁、してくれ」
「し、士琉さま?」
「俺は、絃が思っているほど、できた男じゃない。これでもずっと我慢しているのに、こんなふうに理性を試されては……してはならないことを、犯しそうになる」
士琉の手が、なにかをぐっと堪えるように敷布を強く握り込んだのがわかった。
絃の左手を掴んでいた手も、気づけば絡み合うように繋がっている。
「……だが俺は、絃を大切にしたいんだ」
あまりにも苦しそうに、まるで堪えきれない痛みを吐き出すかの如く。