「……お鈴は継叉だったから、記憶が残っていたということですか?」

「ああ。継叉も妖魔も、元を辿れば〝あやかし〟の成れの果てだからな」

「継叉と妖魔は乾坤(けんこん)の関係だが、力の源は同じであるがゆえ……なにかしら耐性を持っていたと考えるのが妥当だろう」

 士琉の言葉を頭のなかで咀嚼(そしゃく)しながら、絃は考え込む。

「これまでの方々は継叉ではなかったから、憑依されても、お鈴のように妖力で攻撃することはなかったのですね?」

「ああ。代わりに放火で危害を与えようとしていたが、今回の憑魔を鑑みるに、おそらくこれも個体的なものだろうと継特では推測している。そう考えると、奴らは妖魔よりいくらか知性を持ったモノなのかもしれない。さながら、上位種だな」

「上位種、ですか……」

 襲撃と憑依ではまた脅威の種類が異なるし、対策の講じ方も変わってくる。
 なんにせよ、憑魔の実態が少しずつでも明らかになってきた今、なおのこと今回の件は重要な指針となりそうだ。好転、なのかはわからないけれど。

(トメさんに続いて、お鈴まで……。これが偶然だとは、どうしても思えない)

 士琉の言う通り憑魔が妖魔の上位種であるなら、〝妖魔を引きつけてしまう体質〟が影響を及ぼしているのではないか。
 ここで身体を休めているあいだ、絃はその可能性をずっと考えていた。

(わたしのせいで、トメさんやお鈴に不幸を招いてしまったのだとしたら……)

 なによりも恐れていたことだ。
 呪われた自分が結界を出たら周囲に迷惑をかけてしまう、と。
 大切な人を傷つけてしまう、と。

(ううん……結界なんて結局、逃避に過ぎなかった)

 自分でもわかっていた。
 だから、この婚姻を最後の罪滅ぼしと言い聞かせて、燻ぶる恐怖を呑み込んで、ようやく千桔梗の郷を出たのだ。
 こんなことになるなら、やはり自分は嫁入りなどせずに結界にこもっていた方がよかったのかもしれない。否、本当はこうして生きていることさえも──。

「まあ、憑魔のことはそう心配せずともいい。なにが相手であれ、継特は民を護るためにある部隊だからな。今後も尽力するまでさ」

 思いたわむ絃をそっと掬いあげるように、士琉が穏やかに言った。
 はっと顔をあげ、あらぬ方向へ転がりかけていた思考をどうにか断ち切る。
 まさか絃が今、死を意識したとは思ってもいないのだろう。絃へ向けられていた士琉の眼差しは、ひどく温厚で優しいものだった。

(士琉さまは……本当に、あったかくて。わたしは、受け止めきれない)

 喉の奥の方がやけに熱を持ち、息が苦しくなってくる。しくしくと古傷に沁みるような痛みを堪え、絃は唇を引き結んで俯いた。
 今はその優しさすら、ただただ痛い。

「絃? どうした、どこか痛むか」

「いえ……いいえ。ただ、士琉さまの存在がこんなふうに近くにあって、少し感慨深くなってしまっただけです」

 身勝手な痛みで心配させたくはなくて、嘘ではない偽りで答える。
 けれど、士琉はそれすらも感じ取ってしまうのだろう。気遣っているのかそれ以上言及しようとはしないが、物言いたそうに絃を見つめてくる。
 士琉の瑠璃色の双瞳(そうどう)を見つめ返したら、絃はその色に千桔梗の花を思い出した。
 刹那に脳裏を過ったのは、燈矢と弓彦の言葉だ。

(……ああ、そうね。千桔梗に帰れば、お鈴は安心するかもしれない。故郷には家族もいるし、たとえ侍女をやめても居場所があるもの)

 本家筋の者ではないにせよ、お鈴は月代の血を引いた継叉である。