「やはり憑魔か。これまでとはどうも様子が異なるようだが──おっと」

 士琉は絃を片腕で抱き上げると地面を蹴った。
 急に視界が大きく揺れた絃は、わけもわからず士琉にしがみつく。直後、石が粉々に砕かれる破壊音が響いた。
 着地した先でふたたび穴の開いた地面を見た絃は、それが今しがた士琉の立っていた場所だと気づいて蒼白になる。気のせいか、さきほどよりも穴が深い。
 間を空けず飛んできたお鈴の爪を、今度は軽く刀で受け流しながら、士琉は大きく空へ跳躍した。とん、と危なげなく降り立ったのは屋敷の大門の上。
 高部に飛んだ士琉にはさすがにすぐ反応できなかったのか、お鈴は動きを止めて警戒するようにこちらを見上げてくる。
 その表情は、やはり絃の知るお鈴のものではない。

「まいったな。憑魔だけならまだしも、お鈴が相手では下手に攻撃もできん」

 絃を楽な体勢に抱え直しながら、士琉は辟易した様子で息を吐き出した。
 切羽詰まった様子はなく、むしろ余裕すら感じられる物言いだ。軍神と謳われる実力を備えた士琉にとっては、お鈴の相手など他愛もないことなのだろう。
 確かに、複数の妖魔を同時に相手するよりは、負担が少ないのかもしれない。

 しかし代わりにお鈴は、傷つけてはならないという枷がある。
 身体がお鈴のものである以上、現状況では攻撃を受けるか避けるかしか選択肢がない。この様子からすると、解決策もまだ見出されていないのだろう。
 士琉が頭を抱えるのも当然だ、と絃は歯噛みした。

(お鈴を傷つけずに救うには、憑魔を祓うしかない……)

 憑魔が妖魔の関連種であると仮定した場合、霊力も同等に底上げすれば祓えるものなのだろうか。触れた際に身体から弾き出されたことを鑑みれば、それなりに可能性はありそうだが──。

(兄さまや燈矢がいれば……ううん、今はわたしひとりだもの。そんなことを考える前に、お鈴を救える可能性を模索しなくちゃ)

 少なくとも絃は、己の霊力を自在に操ることはできない。
 経験不足なのだ。それを使いこなせるほどの技量を伴わずに、安易に行使してしまえば、最悪お鈴の身体に影響を及ぼしてしまうかもしれない。
 それでも、ひとつだけ──この状況だからこそ、賭けられそうな方法はある。

「……士琉さま。わたし、試してみたいことがあります」

「なんだ?」

「トメさんのときから、不思議だったんです。わたしが触れた瞬間に、憑魔が陰から出てきたのはどうしてなのかって。そう考えたとき、いちばんしっくりくるのはやっぱり霊力で……。なら、憑魔を祓える可能性もそこにあると思いました」

 確証はない。だが、確信はあった。

(士琉さまの霊刀で斬れないなら、祓うしかないもの)

 祓魔師の家系に生まれたからこそ、絃は〝陰のモノを祓う〟という行為には知悉(ちしつ)している。月代本家が継ぐ祓魔師に関するすべてを頭に入れているのだ。その知識量だけならば、現役の祓魔師にも引けを取らないほどだと言っていい。

「でも、そのためには必要なものがあって。急いで取ってきますので、わたしが戻ってくるまでの時間を稼いでもらってもよろしいでしょうか」

「それは構わないが……いや、なにかと問う時間はないな。わかった」

「感謝いたします」

 士琉に屋敷の敷地内へ降ろしてもらい、絃は駆け出した。
 はしたないが勢いよく玄関の引き戸を開け、草履を脱ぎ捨てて廊下を走る。
 そのまま一直線に私室へ向かった絃は、透かし障子を破りかけながら転がるように部屋へ飛び込んだ。ぐるりと視界を巡らせ、捉える。

「っ、あった」