愛されれば愛されるほど、罪悪感で押し潰されてしまいそうになる。

(でも、月代のためにできることがあるなら、せめてもの罪滅ぼしとしてお受けするべきよね。消えるのは、そのあとでもきっと遅くないもの)
 弓彦は否定するが、むしろ絃はどこかほっとしている部分があった。

 おまえなどいらないと冷たく捨て置かれた方が、絃は幾分、心が救われた気になるから。そう、罪悪感に(さいな)まれるよりは、ずっと。

「……相手の冷泉家は絃の体質を知っているから、そこは安心して」

 幼子を(なだ)めるように頭を撫でられて、絃は頷く。
 むしろこの体質を知りながら縁談を持ちかけてきたことには驚くが、ひょっとすると冷泉家には、それほど対妖魔への余裕があるのかもしれない。
 なにしろ冷泉家が置かれているのは、軍都〝月華(げっか)〟だ。
 そして冷泉の次期当主──冷泉士琉という男が、灯翆国が誇る灯翆月華軍(ひすいげっかぐん)の最強軍士であると噂されていることは、引きこもりの絃とて知っている。

(怖い方、でなければいいけど……)

 噂に聞く限りは、望み薄だろう。
 なにせ、二十六歳という若さで総司令官の地位まで上り詰めた男だ。冷泉家の利点である〝血〟以外、絃のことなど興味も持たないに決まっている。
 役目を終えたあと、そう遠くない未来で捨てられると考えれば、それはそれで気は楽なのかもしれないけれど。



 縁談の話が挙がってから、ひと月後。
 いよいよ冷泉の本邸が置かれている軍都〝月華〟への出立を明日に(ひか)えた夜、絃は鏡の前でこれからのことを考えていた。
 離れの西端にぴったりと沿って(しつら)えられた(けやき)鏡台(きょうだい)。年季による傷みは多少ありながらも、繊細な透かし彫りが美しい朱塗りの三面鏡だ。
 昔から、絃はなにかあるとここに座り、気持ちを落ち着ける癖があった。

(兄さまと燈矢は父さま似で、わたしは母さま似だと思っていたけれど、こうして見ると本当によく似た兄妹ね)

 生まれながらの白皙(はくせき)も、白月を抱く長夜のような髪色も。とりわけ(うれ)いを練り込んだような青藍の瞳は、たとえ取り換えても気がつかないほどにはそっくりだ。

 同じ血が通う者。同じ両親から生み落とされ、誇り高き月代の血を継いだ者。

 しかし、兄妹で絃だけが継叉の力を持っていなかった。月代一族が誇る破魔の力──霊力こそあれ、この厄介な体質では活かすこともできやしない。
 ようするに絃は、この月代において、限りなく無価値な存在なのだ。
 なにかと自己肯定感が低いのも当然だろう。

「あっ……そうだわ。これも、忘れず持っていかなくちゃ」

 ふいに思い出して、絃は鏡台の引き出しを開けた。
 ここには、束になった大量の文が隙間なく綺麗に仕舞われている。その数、およそ百五十通以上。十年前から毎月一通必ず届く、匿名(とくめい)の文。絃の宝物だ。

(結局、最後までどなたが送ってくれていたのかわからなかったけど……。毎月この文が届くから、わたしも、もう少し生きようと思えたのよね)

 どれも、内容は取るに足らない些細(ささい)なものだ。
 春になれば、桜が咲いたと報告がある。夏には、水分補給をしっかりして体調を崩さないようにと心配する内容が届き、秋は紅葉が包まれて送られてくる。冬はまた体調を案じ、次の春への思いを馳せる(うた)(つづ)られていたりした。
 匿名ゆえに文は一方的で、一度たりとも絃は返せたことがない。