絃と繋いでいた士琉の手の甲に、大きな傷痕が残っていた。この傷の大きさからして、相当深く抉られてできたものであることは間違いない。

「ああ、これか。あまり人に見せるものではないな、すまない。手袋をしてきた方がいいか?」

「い、いえそんな! ただ、とても痛そうで」

「……これは昔、妖魔との戦いでヘマをしたときの傷だ。もう痛みはないんだが、この傷を見るたびに当時の己の情けなさが思い出せるから、ある意味自戒(じかい)になっていいんだ。見た目は気持ちのいいものではないし、普段は隠しているんだがな」

 いつかの記憶に思いを馳せるように述べ、士琉は絃から手を放した。隠すように握り込まれてしまった手に、あまり触れてほしくないことだったのかと焦る。

「気にしないでくれ。そう哀しい顔をされては、俺の方が心苦しくなってしまう」

 あまり士琉を困らせるわけにもいかない。謝ったところで余計に気にさせてしまうだろうと思い、それ以上言及はせず、絃は頷くだけに留めた。

「──さて、では改めて。行こうか、絃」

「はい、士琉さま」

 敏感な士琉が絃の胸中に気がつかないわけもないが、あえて触れてこないということはそういうことなのだ。
 踏み込まれたくない領域。
 隠しておきたいこと。

 絃とてある。

 触れられたくないことが。触れるだけで痛みを伴うものが。
 だから、きっと今はなにも見なかったことにしておくのが正解だ。



「月華はおもに中心部から十字に拡がる大通り、そこから一本外れた中通り、そして外周の小通りに分かれている。俺の屋敷があるのは、この南の小通りだ。ちょうど角地に建っているから覚えておくといい」

「は、はい。一応、月華の地図は頭に入れてあります」

「そうか。……しかしまあわかりやすく緊張しているな、絃」

 士琉は苦笑いで小首を傾げ、手を繋いで歩いている絃を見下ろしてきた。

(慣れない場だからって、気を遣ってくれたのだろうけど……。どうしても繋いだ手が気になって、そわそわしてしまう)
しかし、おかげで足を止めずに歩くことはできている。

 絃の歩幅に合わせて歩いてくれる士琉の気遣いもまた、温かかった。

「なんというか……心が、ふわふわしていて。夢でも見ている気分です」

「初めて見るものばかりだろうからな。無理もない」

「はい。でも、不思議と、嫌な気分ではないんです」

 視界に移ろう景色は、どれも新鮮なものばかりだ。自然に溢れていた千桔梗とはまた異なる趣きで、軍都ならではの華やかさが気持ちを浮つかせる。

(外れの方でもこんなに賑やかなのだから、きっと大通りはもっとすごいのね)

 長屋が並ぶ居宅通り。だが、住居だけではなく、庶民向けの食事処や甘味処もところどころで営業しているようだ。
 数えるほどではあるが、道端に露店を出している者もいる。

「これから少しずつ、当たり前になるものが増える。まあ、生活するぶんにはこの南の小通りと中通りで事足りるから、ひとまずはこの辺りから慣れていくといい」

 トメも、食材や日用品は中通りで揃えている、と言っていた。
 南部は庶民が生活を送るために築かれた通りゆえ、治安もそう悪くはないらしい。
 人通りは正直少ない。
 自宅の前を掃除している者や、散歩中の者がときおり。あとは、この通りに住んでいるのだろう子どもたちが、和気藹々(わきあいあい)と遊んでいるくらいだ。

(それにしても、士琉さまはもっと敬われているのかと思っていたのに)

 士琉に気がついた人々は、みな一様に会釈をする。