絃と繋いでいた士琉の手の甲に、大きな傷痕が残っていた。この傷の大きさからして、相当深く抉られてできたものであることは間違いない。
「ああ、これか。あまり人に見せるものではないな、すまない。手袋をしてきた方がいいか?」
「い、いえそんな! ただ、とても痛そうで」
「……これは昔、妖魔との戦いでヘマをしたときの傷だ。もう痛みはないんだが、この傷を見るたびに当時の己の情けなさが思い出せるから、ある意味自戒になっていいんだ。見た目は気持ちのいいものではないし、普段は隠しているんだがな」
いつかの記憶に思いを馳せるように述べ、士琉は絃から手を放した。隠すように握り込まれてしまった手に、あまり触れてほしくないことだったのかと焦る。
「気にしないでくれ。そう哀しい顔をされては、俺の方が心苦しくなってしまう」
あまり士琉を困らせるわけにもいかない。謝ったところで余計に気にさせてしまうだろうと思い、それ以上言及はせず、絃は頷くだけに留めた。
「──さて、では改めて。行こうか、絃」
「はい、士琉さま」
敏感な士琉が絃の胸中に気がつかないわけもないが、あえて触れてこないということはそういうことなのだ。
踏み込まれたくない領域。
隠しておきたいこと。
絃とてある。
触れられたくないことが。触れるだけで痛みを伴うものが。
だから、きっと今はなにも見なかったことにしておくのが正解だ。
◇
「月華はおもに中心部から十字に拡がる大通り、そこから一本外れた中通り、そして外周の小通りに分かれている。俺の屋敷があるのは、この南の小通りだ。ちょうど角地に建っているから覚えておくといい」
「は、はい。一応、月華の地図は頭に入れてあります」
「そうか。……しかしまあわかりやすく緊張しているな、絃」
士琉は苦笑いで小首を傾げ、手を繋いで歩いている絃を見下ろしてきた。
(慣れない場だからって、気を遣ってくれたのだろうけど……。どうしても繋いだ手が気になって、そわそわしてしまう)
しかし、おかげで足を止めずに歩くことはできている。
絃の歩幅に合わせて歩いてくれる士琉の気遣いもまた、温かかった。
「なんというか……心が、ふわふわしていて。夢でも見ている気分です」
「初めて見るものばかりだろうからな。無理もない」
「はい。でも、不思議と、嫌な気分ではないんです」
視界に移ろう景色は、どれも新鮮なものばかりだ。自然に溢れていた千桔梗とはまた異なる趣きで、軍都ならではの華やかさが気持ちを浮つかせる。
(外れの方でもこんなに賑やかなのだから、きっと大通りはもっとすごいのね)
長屋が並ぶ居宅通り。だが、住居だけではなく、庶民向けの食事処や甘味処もところどころで営業しているようだ。
数えるほどではあるが、道端に露店を出している者もいる。
「これから少しずつ、当たり前になるものが増える。まあ、生活するぶんにはこの南の小通りと中通りで事足りるから、ひとまずはこの辺りから慣れていくといい」
トメも、食材や日用品は中通りで揃えている、と言っていた。
南部は庶民が生活を送るために築かれた通りゆえ、治安もそう悪くはないらしい。
人通りは正直少ない。
自宅の前を掃除している者や、散歩中の者がときおり。あとは、この通りに住んでいるのだろう子どもたちが、和気藹々と遊んでいるくらいだ。
(それにしても、士琉さまはもっと敬われているのかと思っていたのに)
士琉に気がついた人々は、みな一様に会釈をする。