「妖魔を引き寄せる体質は夜が天敵ですからね。あとはまあ、一族との接触を断つためとか。そもそも触れ合わなければ、傷つくことはなくなりますから。どうしたって本家に生まれながら継叉ではないお嬢さまは、一族の者に疎まれがちなので……」

 納得せざるを得ない一方、受け入れたくない気持ちが士琉のなかで錯綜(さくそう)する。

「……だとしても、それはあまりに酷じゃないか。自分以外の者がみな眠っている世界で、ひとり生きるだなんて」

 外界から隔絶(かくぜつ)された千桔梗という特殊な環境だからこそ、なおのこと。
 彼女が起きているとき、世界からは己以外の息吹が消えてしまうことになる。

「お鈴もそう思います。だから、お鈴や燈矢さまはよく昼間に起きてお嬢さまと遊んでました。両親には叱られましたけど、前代や弓彦さまは許してくださったから」

「お鈴は、絃を疎まなかったのか」

「継叉じゃないだけでなんで疎まなくちゃいけないんですか。お嬢さまほど優しく清廉でお美しい方はいらっしゃらないのに」

 心外だと言わんばかりに睨めつけられる。
 どうやらこのぶれない姿勢は幼い頃から変わらないらしい。そのことになぜか安堵しながら、士琉は同意する。

「他の民も、お鈴のように感じられればいいのだがな」

「難しいでしょうね。頭がかちかちなご老輩ばかりですから。最悪ですよ」

 お鈴は忌々し気に吐き捨てると、深くため息を吐いた。話しているうちに悲観的な感情よりも怒りが湧き出してきたのか、口調や態度から苛立ちが垣間見える。

「そもそも当時のお鈴は知らなかったんです。どうして昼間に起きているのか、どうして夜は屋敷の外に出てはいけないと言われているのか。お嬢さまが継叉ではないことこそ知ってましたけど、その体質については聞いていなかった」

「……前代は、あえて隠していたんだろうな。俺でもそうする」

「祓魔の家系ですからね。でも、その隠しごとが悲劇を生んだんです」

 お鈴は己を嘲笑するように顔を歪めた。
 その瞳には悔恨(かいこん)だけではなく、今や向けどころを失くした怒りや未練が入り混じっているように窺える。およそ十五の娘がする表情ではない。

「お嬢さまがぽろっと口にされたんです。『夜の千桔梗はどんな感じ? 一度でいいから、見てみたい』って」

「…………」

「興味本位でしょうね。お嬢さまは普段なにも不満を言いませんでしたけど、たぶん本当は淋しかったんだと思います。お鈴と燈矢さまも、幼心にその気持ちを感じ取っていて。だから、そんなお嬢さまの願いを叶えてさしあげたかった」

 ああ嫌な記憶だ、と士琉は湧き上がってきた不快感を押し殺す。
 あの過去の記憶は、よくも悪くも士琉の軸として刻まれている。知らず握りしめていた手は、まるで温度を失くしたように冷え切っていた。

「深夜、前代ご夫婦がお出かけになったあとに、離れ近くの非常口から外へ出て。でも、郷の方へ出たら気づかれるから、裏山の方へ向かって上から郷の様子を見よう──三人でそんな計画を立てました。家の者が帰ってくる前に屋敷へ戻れば問題ないと思っていたんです。とりわけその日は、弓彦さまも前代に同行を命じられていて本家の監視も薄れていたから、絶好の機会だった」

 結界が破られ、絃に引き寄せられてきた大量の妖魔たちが郷へ流れ込んだ際、桂樹と士琉、そして弓彦は郷の内部に流れ込んできた妖魔の対応に追われた。
 一方、月代の前代当主──絃の父と母は結界が破られた裏山へと向かったのだ。
 ゆえに以降のことは、すべて聞いた話になる。