「絡みすぎて、もはや敵視されてる気がするけど。まあそれはべつにいいんです。可愛いし、なんか癖になるし。でもあの子、けっこう危ういから心配で」

 千隼は肩を竦めると、すでに冷め切った茶を(すす)りながら危惧するように言う。

「隊長も知ってるだろうけど、おれ、あーいう子に弱いからさぁ。見て見ぬふりすりゃいいのに、できないんですよ。どうしても視界に入ってくる」

「あえて訊くが、恋慕(れんぼ)としてか? それは」

「さーね。どっちだろ」

 どうやら、答えるつもりはないらしい。

(……まあいい)

 千隼はこう見えて、誰よりも愛情深い男なのだ。
 大切な者を亡くす痛みを知っているからこそ、ときには自分を犠牲にしてでも民を護ろうとすることもあるくらいに。
 そんな男があえて気になると口にするほどの相手は、その時点で境界線の一歩内側にいるということだ。
 想いの根源がなんであれ、悪いようにはしないだろう。

「おれのことはいいんですよ。隊長こそどうなんです? 絃ちゃん」

「どうもこうもない。日々愛しい」

「そうじゃなくて。こっちで暮らしていけそうなんですかって訊いてんの」

 剣呑に問われ、士琉はしばし黙り込んだ。
 それは士琉自身も懸念していたことで、即答できなかったのだ。視界の端でわずかに揺れる下げ提燈に目を遣りながら、浅く息を吐く。

「屋敷に張った結界のなかならやはり安心して過ごせるのか、ひとまず不自由はなく暮らしてはいる。家事や炊事もひと通りできるし、物覚えもいい。トメが『今に立派な奥さまになりますよ』と嬉しそうに言っていた」

「へえ、お墨つきかぁ」

「だが、少し疲れているように見えてな」

 慣れない場所。慣れない環境。慣れない日常。ただでさえ十年間まったく外に出ず過ごしてきた絃にとっては、この環境の変化は心身に大きな負荷がかかる。
 それを受け入れて順応(じゅんのう)しようとする心意気は尊重してやりたいものの、そこまで頑張らなくていいと言ってやりたくなってしまう。そのうち本人も気づかぬうちに限界を迎えて倒れてしまいそうで、士琉はずっと気が気でなかった。

「正直、難しいんだ。ただ心配するだけでも、その裏側に愛情を感じられると絃は途端に気まずそうな顔をするから」

「どういうことです?」

「……おそらく、愛されるのが苦手なんだろう」

 絃は著しく自己肯定感が低い。
 要因は彼女の持つ体質や過去──そしてこの十年にも及ぶ引きこもり生活のなかで、本人でさえ自覚が及ばないほど深く根づいてしまった罪の意識であろう。
 どれだけ周囲の者が絃に愛情を注いでも、彼女はそれを『自分には受け取る資格がない』と拒んでしまう。いやむしろ、彼女を(むしば)む罪悪感が大きすぎるがあまり『愛さないでほしい』とすら思っているように見える。
 だからこそ、士琉は慎重に、まずは絃の心を(ほぐ)すところから始めたのだ。
 どれだけ長い時間がかかっても、絃がこの世界で自ら生きたいと思ってくれることこそ、士琉の願いであるから。

「絃の歩調に合わせていきたいんだ。焦らず、ゆっくりと。俺はどうしたって絃を愛してしまうのだし、きっとこの想いは永遠になくならんからな」

「相変わらず一途だなー。それほどの美形なら女の子なんて選び放題だろうに」

「俺は昔も今も、絃以外には微塵の興味もない」

「はは、すっご。隊長のそういうとこ尊敬します。うん、ほんと。……おれは、大切な人を作るの怖いからさ」