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 政を怠り、淫蕩の限りを尽くした泰楽帝でも、唯一勝てなかったものは「死」だった。
 いつしか、泰楽帝は不老不死を夢見るようになり、この国の呪術に傾倒するようになった。
 紅琳の母は、その犠牲者だった。
「呪い」を、日常に利用していた少数部族の「須弥(しゅみ)」。
 その長の娘というだけで、皇帝は母に執着したらしい。
 程なく「無能」であることが発覚して、後宮からも追い出された母は、実家を頼ったのだが、久々に戻った集落にも馴染むことが出来ず、紅琳が十四の時に病で亡くなってしまった。

(私が黙っていれば、あのまま「須弥」にいることも出来たんだろうけど……)

 集落の子として、男子のように育てられた紅琳は、子供ながらに不審を抱いていたが、母のためを想って、自分の出生について何も聞かないでいた。
 結果、母の死と同時に、すべてを知ることになり、溜めこんでいた憎悪は、父である泰楽帝に向かったのだ。

(まだまだ、私も子供だった)

 母が寂しく死んだのは、皇帝のせいだと、復讐に燃え……。
 けれども、暗殺計画はあっけなく見破られてしまい、処刑を回避する代わりに、皇帝の娘として、政略結婚の手駒になる羽目になったのだ。
 愚かだった。
 もう少し待っていれば、皇帝(あいつ)だって死んだのに……。
 そんな暴挙を企てなければ、誰にも迷惑を掛けることもなかった。
 ……だから、困っている。

「どうしたものか」

 紅琳が途方に暮れているのは、自分の為だけではない。
 華月にも話していなかったが、このような待遇になっていることを、沙藩(さはん)王に知られてしまうことを恐れていた。
 王は敵には容赦ないが、身内には、慈悲深い方なのだ。

(いっそ、甥っ子の寝所にでも忍び込んで、問い質してみるか?)

 しかし、驚くほど、皇帝の情報は、紅琳の耳に入って来なかった。
 紅琳の甥、現皇帝の名は蒼 慶果(けいか)。年齢は十八歳。
 妃は三百人近くいるが、権威ある「四夫人」の位は、未だ定めていないらしい。
 順位づけこそ、大切な後宮にあって、その秩序を無視しているのは、単に女遊びがしたいだけなのか?
 それとも、妃に子が生まれた順に、位付けでもするつもりか?
 後宮の至るところに、探りを入れてみたが、妃も妃付きの侍女も、皇帝が後宮に滞在しているということは聞いていても、何処にいるかまでは知らないようだった。

(本当に、皇帝は後宮で放蕩三昧しているのか?)

 一応、政治の場には姿を見せるようだが……。

(よもや、既にこの世にいないなんてことは?)

 さすがに有り得ないとは思うが、この国が滅茶苦茶であることは、紅琳自身、痛いほど知っているのだ。

「考えたところで、仕方ないか」

 だけど、少々待ちくたびれてしまった。

 ――皇帝と謁見する機会すら得られず、すでに、二カ月の月日が経とうとしていた。