両サイドを田んぼに囲まれた、長い長い田舎の道。
街頭も殆ど意味を成していない、暗い道を黙々と歩き続ける。
三方を囲む山々は、夜の闇にシルエットだけがぼんやりと浮かび上がり、
その上には濁りの無い白い満月が、夜空に光を滲ませていた。
長い直線の道を抜け、山沿いに左へ大きくカーブする。そこから直線に続く道を進み、今度は右に曲がる道が見えると、海を望む丘に出る。ふわりと海の匂いが流れて来た。
「流石に八時は営業してないか」
喫茶黒猫と月のあるマンションを見上げる。三階の、愛さんが水をやっていた窓は白いカーテンが閉められていた。
明日の仕事も早い。開いていたからと言ってのんびり珈琲を飲む時間があるわけでは無いが、もしかしたら挨拶くらいできるんじゃないかと淡い期待をしていた自分がいる。
静かに佇む満開のミモザを見上げ、ひとつため息を吐いてから、ざん、ざんと音を立てる海へと歩き始めた。
緩やかに伸びる坂を下る。少しずつ、波の音が近付く。
海に続く堤防の先に立つ白亜の灯台が、黒い海にまっすぐの光を指し示している。
打ち寄せては、しゅわしゅわと砂を巻き込み海に引いていく波。
僕は砂にお尻がつかないように、その場にしゃがむ。
夜の真っ暗な海は、まるで向こう側に黒い幕でも下りているようだ。
ぼんやり浮かび上がる水平線を見ていると、途端に恐怖に似た感情が生まれて、慌てて立ち上がった。