重い扉を開けると、小さな店内に軽やかなベルの音が鳴る。

外の麗らかな春の陽気に比べると、店の中は落ち着いた明るさだ。
そこかしこにある間接照明が、カウンター席、窓辺に沿うように備え付けられた4脚分の横長のテーブル席に、優しい灯りを落としていた。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

やはりあの女性だった。

さっきは気付かなかったが、女性はシンプルな生なりのエプロンを着けており、おろしていた髪を後ろで一つに纏めていた。

「お好きな席にどうぞ」

僕は迷うことなく窓辺の席に座る。

こういうお店では必ずカウンター席について、マスターが珈琲を淹れるのを見たいタイプなのだが、なんとなく今日に限っては恥ずかしくてそれを避けてしまった。

壁のあちこち取り付けられた手作りの木製本棚には、様々な種類の古書が並べられている。

この本のせいだろうか。この店に入った時には珈琲の香りと共に、古書独特の懐かしい匂いを感じた。

「これらの本は、以前までいらしていたお客様から譲って頂いたものなのですよ。趣味で様々な本を集めていたけれど、あの世には想い出だけしか持って行けないからねと仰られて。本は誰かに読んで貰ってこそだからと、ここに置いていかれたんです。もう十年も前の話ですけれど」

そう言って、メニューブックをそっと僕の前に差し出した。

「お決まりになりましたら、お呼びください」

ふっと柔らかな笑みを見せた女性は、カウンター席の向こうにあるキッチンに入り、ここからは確認できないが、そこに置いてあったらしい椅子に座る。

目が合うと、彼女は優し気な笑みを浮かべる。

彼女の動きを逐一目で追ってしまっていた事に気が付いて、慌ててメニューで顔を隠すようにして背を向けた。