数日後、SNS上ではまた「透明少年のアカウント」がトレンド入りした。
投稿された踏切の写真は、中心に立つ少年の後ろ姿を囲うように、ひまわりが縁取るように彩られていた。まるで絵画のようだと話題に上がる反面、「さすがに合成でしょ!」「踏切に立ち入っての撮影は禁止なのに、周囲にいた人は誰も注意しないの?」と、各々の推察がコメントに集まってくる。
投稿者の元にはそれだけに留まらず、ダイレクトメッセージが何通も届いている。それでもだんまりを決め込んでいるのは、面倒ごとに巻き込まれたくないからだろう。
中には某ニュース番組のスタッフから「特集として組みたいから取材させて欲しい」といったオファーも含まれていたが、これにも返信はしていない。既読されただけよかったと思っていたほうが気が楽だろうが、大半の人が欲しいのは安心よりも真実だ。催促する声が次第に大きくなっていくのが目に見えた。
そんな状況を萌先輩は快く思っていないようで、いつにも増して募った興奮と不満を僕にぶつけてくる。
「ねぇ! このコメント欄本当にひどいんだけど! この踏切が心霊スポットだったりしたら皆呪われちゃうよ!」
「もし心霊スポットだったら、その投稿者は眠っていた幽霊を無理やり起こしたってことになりますけど。睡眠妨害で訴えられますね」
「幽霊が裁判を起こして解決するなら最初からしてる……って、どうしてそんなに落ち着いていられるの? こんな話題になっているのに!」
「別に、人より怖いものなんてありませんよ」
妙にリアルだったのが響いたのか、誰かの関心を掴んだのか。僕には正直、この幽霊騒ぎがどうしてここまで大きくなるのかがわからない。
だから僕は人のほうが怖い。
「匿名で書きこんだ投稿が不特定多数の人の目に留まって、自分が正しいと言わせる舞台を作り上げるほうが僕は恐ろしいと思いますけど」
「それは……」
「歯痒いのはわかりますけど、先輩が怒る必要ありません。投稿者だって、こんなことで人目に晒されたくないでしょ」
萌先輩は何かを言いたげにこちらを見るが、すぐに小さく頷いた。
誰かに自分を見てもらいたい、自分という存在を認めてもらいたい。決して悪いことではないけど、貪欲になればなるほど、ドラックのようにじわじわと浸透し、喉が乾くように欲していく。侵された人は皆、承認欲求の塊だ。
中には攻撃的になる人もいるだろう。実際に「透明少年のアカウント」に寄せられたコメント欄にはそういった言葉が並び始めていた。どれも目にするのも嫌になるような、醜い言葉が並んでいる。僕はすべてを確認する前に画面を落とした。
萌先輩が持つスマホの画面には、相変わらず踏切の写真が写っている。ふと、脳裏につい最近見かけた少年の姿がちらついた。
「先輩はどうしてそのアカウントが気になるんですか?」
未だ納得できない顔を浮かべる先輩に、ずっと疑問だったことを問う。
先輩がそのアカウントを見るようになったのは、恋人を亡くすよりももっと前からだったはずだ。
「この写真の彼が、泣きそうな顔をしているから」
「泣きそう? 後ろ姿ですよ?」
「うん。不思議なんだけどね、なんとなくあの人に似ている気がするの」
先輩は少し唸ってから、困った顔で教えてくれた。
僕も同じことを思っていたなんて、口が裂けても言えなかった。