戦況は劣勢ではないにしろ、決して優勢ともいえなかった。
敵を打ち破る必要がないとはいえ、竜たちはかなりの難敵だ。
巨大にして強大。彼らは鈍く輝く竜鱗に全身びっしりと覆われており、それが魔法を跳ね返してしまう。
俺たち四天王はその竜鱗をかいくぐり、鱗がない腹部などに狙いを定めることで、何とか敵を倒していくしかなかった。
……とはいえ、基本的に四天王がやられる心配はしていない。
それは皆の魔力が以前より増したこともあるが、そもそも彼女たちは状況に対処する頭脳と冷静さを備えている。
今回の戦いでも三人は臨機応変な魔法の使い方で、竜族たちを何匹も撃墜せしめていた。
「『雷迅剣、光速一閃』!」
「──フレイヤさんっ、僕の氷を熱で溶かして下さい!」
「オッケー、霧の目くらましね! 『灼熱の果実よ、花開け』! ──アストリア、脇の死角から突っ込むわよ!」
クラウディアは雷で強化した残撃を竜の眼球部分に叩き込む。
アストリアとフレイヤは、氷と熱で上空に巨大な蒸気を作り出し、竜たちを撹乱して攻撃する。
「久しぶりに見たけど……三人とも、さすがだな……!」
華奢な女性たちが大きな竜を打ち倒していく姿は、なんとも爽快だ。
俺はといえば、同じく浮遊魔法で飛び回ってはいるものの、礫岩での牽制や守護結晶での防御など、皆の援護が主となっていた。
──ガキィン!
「フレイヤ、上はガードする! そのまま気にせず斬りつけろ!」
「わお、それがクロノの新しい力ってやつ? 竜の牙の方が欠けちゃってるじゃない!」
「ああ、エルフを助けた時も一応使ったんだけどな! 土に覆われて見えなかったか!」
「あはは、私、結構ぼけっとしてるからねー。じゃ、いっくよー! 『業火の爆裂剣』!」
幸いなことに、守護結晶の防御は竜族たちにも通用していた。
彼らの竜鱗は、相手の魔力を封じてしまうような万能の物質ではなく、鱗に内在する魔力によって敵の魔法を押し返す、ある意味力技による代物であるらしい。
つまり、魔力の結晶である俺の守護結晶を竜鱗にぶつけた場合は、密度の高いこちらの方が竜鱗に勝る結果となる。
実際のところ、守護結晶での防御は竜鱗に対しても効果を発揮し、それによって俺たちは確実に損害を減らすことができていた。
(よし……! この流れのままなら、いける……! 皆が無事に撤退できるんじゃないか……?)
竜族は強く、さすがに快勝することは難しい。
が、これならば負けることもなく、こちらの目的は達成できるのではないか。
『──クロノ、避難民との合流、完了しました! このまま退却します!』
ロゼッタが念話で俺に報告を送ってくる。
それに混じって彼女と民の会話も、こちらへと流れ込む。
「魔王様、ありがとうございます! このご恩は一生忘れません……!」
「気にしないで。皆がいてこその魔王軍なのですから。それよりまだまだ油断しないで、全速力で駆け抜けて!」
民たちは、主に二手に分けて避難させる。
俺たちが乗ってきた大型翼獣に乗せられる分は、そちらへ。
乗り切らない大多数の者たちは、ロゼッタと先行部隊の兵でかばいつつ、徒歩で退かせる算段だ。
王都に潜り込ませていたスパイのおかげで、避難民にも指示は滞りなく行き渡り、誘導は思った以上にスムーズにいっていた。
(いい感じだ。ロゼッタの誘導も上手くいってる。これはいけるぞ……!)
しかし、そう俺が思った刹那、ぞくりと強い悪寒が背筋をはしる。
──何だ。
ハッとして、その悪寒に振り返る。
見とがめた視線の先、敵方のさらに上空には、件の竜族の指揮官が右手を上げて魔法を発動させていた。
「──『竜鱗の刃よ、皆殺せ』」
不吉な声とともにその男は、空間から生成した巨大な長槍を投擲した。
鱗を加工したらしき漆黒の槍。それは空中で分裂すると、無数の棘となって俺たちへと降り注ぐ。
「──!」
狙いは俺たち──いや、違う。四天王じゃない。
真なる標的は、それよりもさらに下方。
合流して退却しようとする、ロゼッタと避難民たちだ。
「ロゼッタ!!」
俺は全速力で滑空して、守護結晶を展開する。
──やられた。
非戦闘員を狙われれば、こちらの手数は必然と多くなる。
救助部隊もすべての民をカバーできるほどの数がいるわけではない。
さっきから指揮官のあの男がまったく動かないことが気ににかかってはいたが、このタイミングを狙っていたのか。
「ちぃぃッ!」
全魔力を放出して結晶を展開するが、範囲が広すぎてカバーしきれない。
避難民はともかく、少し離れた元帥側の追撃部隊はまともに棘を食らってしまう。
彼らは竜鱗で正気を失っており、自分で身をかばうことすらできていなかった。
不幸なことに、元帥三人を含めた追撃兵たちは、この攻撃でほとんどが斃れてしまう。
「ッ、クソ野郎が……!」
敵の攻撃を結晶で防御し、かろうじて民たちだけは守り切る。
俺が悪態を吐き捨てると、指揮官の男は残酷な笑みをこちらへと向けるのだった。