「おい、そこの新兵! 貴様、何故支給された竜鱗の甲冑を着けておらんのだ!」
「はっ、はい閣下。そ、それが、その……倉庫の棚に置いていたのですが、昨夜何者かに盗まれたらしく、上下ともになくなっておりまして……」
「何ぃ、盗まれただと? あれは元帥閣下から賜った最上の防具だぞ! 本来なら貴様のような一兵卒など触れることすらできんものだ! その貴重品を何と心得おるか!」
「もっ、申し訳ありません!」
──俺の名は、ザビタン・アシモフ。先日一等兵になったばかりの魔王軍の新兵だ。
今この魔王軍では、ロゼッタ様が率いる新魔王軍と、元帥三人が率いる現魔王軍とで内部対立が起こっている。
二代目魔王ロゼッタ様は「元帥たちに実権を奪われそうになった」とおっしゃられ、反対に元帥たちは「ロゼッタ様が元四天王の人間にそそのかされ、傀儡になっている」と主張している。
従軍経験のない俺には、どちらが正しいのかわからない。
ただ、古参の魔族の中には、ロゼッタ様の主張されていることこそ真実だと、都を捨てて彼女のいる辺境へ向かう者たちが出始めている。
そして、その人数は日に日に増えてきているらしい。
それもあってか、このままでは魔王軍は、穴の開いたチーズのようにスカスカの状態になってしまうと噂されていた。
そんな中、元帥たちは最近竜の国家ドラグニアと同盟を締結した。
彼ら竜族は、友好の証として自らの鱗を加工した鎧をこちらに提供したという。
いかなる魔法をも防ぐというその鎧はかなりの数が支給され、末端の俺たちもその恩恵にあずかれるはずだったのだが……今朝倉庫を覗いてみれば、何故か俺の小隊の分だけがごっそりとなくなっていたのだった。
「──ったく、どういうことなんだよ。やってらんねえよ!」
上官が去った後、俺は腹立ちまぎれに道端の雑草を蹴り上げる。
すると、同輩のジューガという男が耳打ちするように小声で言った。
「ぼやくなぼやくな。ていうか、ザビタン。甲冑がなくなってたのって、今の状況からすると、むしろラッキーだったかもしれないぜ」
「ラッキーって……何言ってんだよ。このままじゃ俺、懲罰ものなんだぞ?」
「いや、ここだけの話なんだけどよ、俺たちに支給されるはずだった竜鱗って……実はヤバいものらしいんだよ」
「ヤバいって、何が」
「俺たちのだけじゃなくて、今支給されてるブツ全部がヤバいらしいんだけどさ。なんか頭がおかしくなる呪いだか魔素だかが、かかってるって噂なんだよな」
「……はぁ?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。
言っている意味が分からない。
そんな危ないものを兵士に配るはずないじゃないか。
ていうか、竜鱗って魔法を弾く最上位の素材じゃないのかよ。
同輩の言葉に首をかしげていると、ジューガは声をひそめつつ話を続ける。
「それで、兵士たちに危害が及ばないようにと、中央に潜り込んでるロゼッタ様のスパイが色々と裏工作をしてるらしいんだよ。だからお前の分がなくなったのも、もしかしたらそのスパイの仕業なのかもしれないぜ」
「いや、お前……その発想はちょっと無茶すぎないか?」
あまりにも突飛すぎる話に、俺は呆れてため息をついた。
今の魔王軍の内部抗争は、いわば軍首脳どうしの争いだ。
末端の兵士にまで気をかける余裕などない。
ましてや、戦において兵士の命は紙のように薄く軽いものだ。
であれば、近々内戦が起こるかもしれないこの状況で、敵兵の安全なんかに気を回す馬鹿がどこにいるというのか。
ロゼッタ様がお優しい方だとは聞いていたが、さすがにそんな裏工作をするのは現実味がないんじゃないのか。
あるいは、本当にスパイが竜鱗を隠したのだとしても、普通に考えてそれは元帥たちの力を削ごうとする妨害工作だろう。少なくとも、この時の俺はそう思っていた。
そんな折、辺り一帯に耳障りなノイズ音が響き渡る。
ザザッ……ザザザッ……と。
何かと思い周囲を見回すと、快晴の昼空に大きな人影が浮かび上がった。
ブゥン──
それは魔王軍の伝達魔法術式。
通信用の魔石を使って空中に映像を浮かび上がらせ、皆に一目で情報を共有させるものだ。
「何だ……?」
俺もジューガもつられて空を見上げる。
おそらく近隣の全兵士がそうだったに違いない。
敵襲の報せかと思って一瞬身構えるが、空気の感じからしてどうやらそれとも異なるものだとわかった。
空中に浮かび上がる像が徐々に鮮明になってゆく。
やがてその映像がはっきりとした輪郭を形作ると、俺たちは浮かび上がったその像に、驚愕で目を見開いた。
『──……ねぇ、これって映像入ってるのかしら? もう、しゃべってもいいんですか?──……』
「あれは……魔王……ロゼッタ様……!」