「追放されたってどういうことよ!?」
魔王軍城下のとある酒場にて。
俺の話を聞き終えると、四天王の一人、『炎帝』フレイヤは声を上げた。
「どうもこうも……言葉の通りなんだが」
「そういうことを聞いてんじゃないの! おかしいでしょって言ってるの!」
俺の答えに、怒りに燃える彼女の真っ赤な瞳がこちらへと向けられる。
「そうですよ。クロノさんが人間だから四天王にふさわしくないなんて……僕、意味がわからないです」
続いて、少年のような風貌の四天王、『氷帝』アストリアが眉をひそめて言う。
「三元帥のお偉方はわかってないんじゃないかしら。私たちの今までの活躍があるのは、クロノ君のおかげだってこと」
そして、最後の四天王である金髪の美女、『雷帝』クラウディアが唇を尖らせると、残りの二人も彼女の言葉にうなずいた。
炎帝、氷帝、雷帝。
俺以外の四天王である彼らは、三人とも純血の魔族だが、だからといって人間の俺を差別したりはしない。
それは俺が魔王軍を追放されても変わらないらしく、こうやって事の顛末を聞いた後でも、我が事のように怒ってくれていた。
(ありがたいことだよな……本当に)
俺はしみじみと思う。
上層部があんなであるにも関わらず、俺がこれまでやってこれたのは、彼らのような仲間がいたからだった。
追放された時、孤立無援であったら、きっと途方に暮れていたことだろう。
ただ、そうはいっても。
「ねぇ、今からでも四人で抗議に行きましょうよ」
クラウディアがそう言って、静かに席を立つ。
すると、残りの二人も迷うことなく同じ行動を取った。
「ちょっと待ってくれ。そこまで皆に迷惑をかけるわけにはいかない」
俺は彼らの気持ちを嬉しく思いつつも、それを止める。
勝てる見込みのない戦いをするわけにはいかなかった。
今の魔王軍は先代の魔王が亡くなったばかりで、その後継たる現魔王はまだ二十にも満たない少女だ。
彼女に戦闘の経験はなく、実権はナンバーツーたる三元帥が握っている。
一方、俺たち四天王は現場での指揮権はあるものの、上層部に対抗するほどの権力は持っていない。
いくら前線で活躍しているとはいえ、下手なことをすれば彼ら三人まで立場を危うくするおそれがあった。
「俺個人のことでそこまでしてもらわなくていいよ。皆がこうして怒ってくれただけで、俺はもう十分だから」
「でも……納得いかないじゃない。クロノはこんなに頑張ってきたっていうのに」
「そうですよ。クロノさんのおかげで、魔王軍の戦力がどれだけ底上げされたと思ってるんですか」
フレイヤとアストリアが一緒に不満の声を上げた。
「いや、別に俺……そんな大したことしてないと思うけど」
「「「はぁ? 何言ってるの!?」」」
俺がぼそりと否定すると、三人は一斉に声をそろえて叫ぶ。
「え、いや、だってなぁ……宝石魔法のことを言ってるなら、あれはそれぞれの潜在能力を引き出してるだけだぞ。俺がバフをかけなくても、いずれは自力でたどり着けるものなんだが」
確かに俺は、オリジナルの補助魔法──宝石魔法を使用して、皆の力を強化していた。
その魔法は、宝石や魔石で体内の魔導回路を活性化させ、対象者の力を引き出すというものだ。
これによって兵たちの力は向上し、俺を除いた四天王の三人も大幅なレベルアップによって魔王軍での地位を確固たるものとしていた。
ただ、彼らに使った魔法はあくまで内に秘めた力を目覚めさせるにすぎない。
適合する宝石が見つからないことも多く、それほど評価されることでもないと思うのだが……。
「クロノさぁ……そんなこと、あなた以外誰も思ってないわよ」
俺のつぶやきを、やれやれといった口調でフレイヤは否定した。
「まあ、騒ぎにしたくないっていうなら、無理にとは言わないけどね……。それよりクロノ、クビになったこと、魔王様にはもう伝えたの?」
俺の言葉に気勢を削がれた彼女は、椅子に座り直してそう尋ねる。
「いいや。ロゼッタ……じゃなかった、二代目魔王様は、今は先代の魔導回路を承継する大事な時期だからな。余計な心配をかけたくないし、それが落ち着くまでは黙ってるつもりだ」
俺の答えを聞くと、その場の全員が「はあぁ~……」と、何故か大きなため息をついた。
「な、なんだよ。俺、そんなにおかしなこと言ったか?」
「おかしいわね」
「おかしいです」
「十分おかしいわよ!」
「……そんな否定しなくても」
「あのねぇ、あなたは三元帥より偉い魔王様と幼なじみの関係にあるのよ? どうしてそのコネを使おうとしないのよ!?」
「だから、ロゼッタは今が一番大事な時期だって言ってるだろ」
「魔王様にとって、あなたが追放されたこと以上に大事なことなんてないわよ! だって魔王様は、あなたのことが好──……」
「……何だよ」
フレイヤは何かを言いかけて途中で言葉を止める。
「う、ううん。なんでもないわ。それより、そういうことなら、魔王様の承継の儀が終わったら……ちゃんと言うのよね?」
「いや。クビになったとか普通に恥だから。できればロゼッタには知られたくないんだけど……」
「クロノ……もしかしてあなた、アホなの?」
呆れを通り越して、珍獣でも見るかのような目で見られた。
まあ、フレイヤの言いたいことはわかる。
俺は現魔王であるロゼッタとは幼なじみの関係にあった。
先代魔王は俺の素質を見出して、孤児であった俺を引き取ったのだが、その縁もあって娘のロゼッタとはいつも一緒に過ごしていたのだ。
だから、彼女とのつながりを利用して、追放を撤回させろということなのだろう。
ただ、ロゼッタは魔族にしてはまだ若く、元帥たちに逆らってまで権力を行使することはあまり望めそうになかった。
経験不足であることもだが、親を亡くした悲しみも癒えてないのに、俺の復帰を押し通せだなんて、とても言えるわけはないのだ。
「ま、とりあえず、ロゼッタに何か頼むとしても、彼女の魔導回路の承継が終わった後だから。それまでは目立たないよう、人間たちの村で引きこもってるよ」
「はぁ……わかったわ。でもクロノ、たとえ魔王軍じゃなくなっても、私たちはあなたの味方だからね。そのことは忘れないで」
「クロノさん。僕たち、本当にクロノさんには感謝してるんです」
「何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれていいのよ。遠慮しないで」
「……ありがとう。俺の方こそ、皆には感謝してるよ」
俺は三人に別れを告げ、魔王軍の城下町を後にする。
ただ、当面は魔王軍に帰順した人間の村で静かに暮らそうと思っていたのだが……実を言うと、三人はこのあとすぐ、ロゼッタに俺の現況を教えてしまう。
まさか黙っていると伝えた矢先にそんなことをされるとは思わず、彼らの行動は俺の今後に大きく影響することになるのだった。