クラウディアを屋敷へ招くと、部屋に入るや、彼女は(せき)を切ったように話し始めた。
 どうにも怒りが収まらない様子で、彼女は元帥たちへの愚痴を口にする。

「最初は私を懐柔して、従わなかったら脅すつもりだったみたいだけど……そもそも前提からして認識がおかしいのよ、あの人たちは!」

「お、おう」

 おしとやかなたたずまいの中に怒気が見え隠れして、俺はたじろいだ。

 クラウディアの話によると、彼女の直属の上司である空魔元帥がロゼッタを連れ戻すよう命令したらしい。
 彼らはさすがに魔王を放置するのはまずいと思ったようで、できるだけ穏便に説得するように言ってきたそうだ。

 多分、それだけだったらクラウディアも従ったのだろう。
 しかし、空魔元帥は彼女を従わせるため、逆に無用ともいえる策を弄してしまう。

「魔王様を説得できたら、褒美としてドロシーを四天王の地位に就けてやるって言ってきてね。ドロシーはまだ五歳なのに、何言ってるのかしらって感じで、それもあきれちゃうんだけど……」

 「でも、それよりも!」と、彼女はそこで声を大にする。

「それより我慢ならないのが、もう一つの褒美として、私に新しい夫をあてがってやるって言うのよ!? 私に、新しい夫を(・・・・・)あてがってやる(・・・・・・・)って! どれだけ人を馬鹿にして……それに、その物言いが『あの人』を愚弄してるってこと、全然わかってないんだわ!」

 その怒りの圧によって、彼女のティーカップがピシリと割れた。
 
(こわ……。さすが『雷帝』だなぁ……)

 『あの人』というのは、今は亡き彼女の夫のことだ。
 その夫の名はザイン。
 当時、彼はクラウディアの副官を務めており、二人はいつもコンビを組んで前線で戦っていた。
 クラウディアは夫にベタ惚れで、ザインの言うことなら何でも聞いたが、魔力は彼女の方が上で、そのような上下関係であったらしい。

 しかし、ザインは数年前の竜族との戦いで戦死してしまい、クラウディアは未亡人となった。

 彼女は今、一人娘のドロシーを育てながら、四天王として魔族たちを率いている。
 一見たおやかな淑女に見えるクラウディアだが、実はそんな過去を背負っているのである。

 クラウディアはロゼッタの方を向くと、今度は彼女に問いかけた。

「ロゼッタ様、一つ質問させて下さい。もし、ご自分の好いた男性が亡くなったとして……立場が上の者に『新しい男を付けてやるから働け』なんて言われたら、あなたならどうしますか?」

「……はったおします。というか、そんなこと言われたら……何があっても許さないわ」

「ですよね? だから私、もう魔王軍なんて辞めるつもりでここに来たんです」

 無論、四天王が「魔王軍辞めます」などと宣言すれば、大騒ぎになってしまう。
 なので、クラウディアはロゼッタを説得に行くと偽り、娘と最低限の荷物だけでこっそりと城を出て来たのだった。

 そして、クラウディアの気持ちに共感するところがあるのだろう、ロゼッタはうなずいて彼女を歓迎した。

「……わかりました。そういうことであれば、あなたをどうこうする気はありません。好きなだけここにいるといいでしょう」

「感謝いたします、魔王陛下」

 と、クラウディアからの礼を受けた後、ロゼッタはハッとして俺を見る。

「あ、く、クロノ。お屋敷に彼女を置いてあげても……いい、ですよね……?」

「ああ、もちろん。構わないよ」 

 一応、屋敷の主は俺ということを思い出したらしい。
 事後確認だったが、別に気分を害したりもしていない。
 俺としてもクラウディアを無下に追い返すつもりはなかったので、うなずき返して彼女を迎え入れた。

 そんな感じで俺たちはしばらく談笑し、互いの近況を語り合う。

 話の締めくくりになると、ロゼッタは満足げな表情となり、俺へと言った。

「さて、これで『雷帝』も加わるとなると……いよいよ新魔王軍樹立の夢が、形になってきましたね、クロノ?」

「……え」

 っていうか、その構想、冗談じゃなかったのかよ!?
 いやいや、ちょっと待てと俺が言いかけた時──しかし俺ではなく、別方向からそれをとがめる声がかかる。

『それは聞き捨てなりませんなぁ』

「──誰っ!?」

 その声の方、入口付近を向くと扉が開いていた。
 立っていたのは二人の魔族の男。

 屋敷の者ではない。
 この家には、俺たちの他はゴーレムしかいない。
 つまりは、不法侵入者。

 彼らは上層部直轄の諜報機関員──つまり、三元帥の手の者たちだった。