そんなこんなでロゼッタが交わした契約は、俺に予想外の力をもたらしたわけだが。

 おかげでダンジョン探索はさらに容易になり、俺たちはわずか一週間で鉱山一帯のダンジョンを制覇してしまった。

 山中に散らばる入り口から地下に入り、最深部のボスを撃破しては次の入り口へ直行する。

 そうやってすべてのダンジョンを速攻で攻略していったせいで、俺もロゼッタもまたたく間に他の冒険者の注目の的となってしまった。

「なぁ。見ろよ。『ダンジョン荒らし』の二人だぜ……」

「お、おい、目ぇ合わせんな。俺たちこの前あいつらを馬鹿にしちまったんだぞ。恨まれてたらどうすんだよ」

 最初に冷やかしてきた奴らも、今はおそるおそるこちらを見守るだけだ。

 とはいえ、魔王であるロゼッタのことも考えると、これ以上目立つのはまずい。

 俺たちは探索を切り上げて、しばらくは屋敷内から出ないことにした。



 すると、さらにその一週間後。
 俺の魔力に一つの変化が表れはじめた。

 身体からあふれた魔力が一点に凝縮し、高純度のエネルギー結晶体として具現化したのである。

 おそらく、ずっと家の中にいて、魔力を消費しなかったせいだろう。
 大地からの力が俺の身体に収まりきらず、流れ出た魔力が沈殿するように空気中で固まっていった。

 その結晶体は一見すると、雪の結晶にも似た六角形の形をしていた。
 色は玉虫色とでもいうのか、基本は白だが光が当たる角度によって、さまざまな色の輝きを放つ。

 興味深いのは、こちらの意思ひとつでそれを自在に操作できること。
 俺が念じれば、結晶を連結させて壁のようにもできるし、一つ一つを浮かせて空中に舞わせることもできる。

 また、その結晶は魔力が凝縮しただけあって、とてつもない強度を持っていた。

 最硬度のダイヤモンドをぶつけてもヒビすら入らず、反対にダイヤの方が割れてしまう。
 それでいて、俺が魔力を通せば、簡単に霧散させることもできるのだ。

「すごいな、これ。色々と使えそうだな……」

 そして、その結晶体を庭で飛ばして色々と試していたある日のこと。
 見知った女性が正門前に立っているのが目に入る。

「って、あれ……クラウディア?」

 それは、俺と同じ四天王の一人、『雷帝』クラウディアだった。

 彼女は金髪のウェーブヘアーをなびかせ、上は白いブラウス、下は丈の長いスカートを履いている。
 魔王軍の戦士とは思えない女性的な出で立ち。
 そんな彼女は子持ちの未亡人でもあり、同じ金色の髪の小さな娘を連れていた。

「どうしたんだよ、クラウディア。ドロシーまで連れて来ちゃって」

 まだ五歳であるクラウディアの娘、ドロシー。
 その少女も、俺やロゼッタとは見知った仲である。

 ドロシーは敷地内の俺に気付くと「こんにちは、クロノお兄ちゃん」と、駆け寄って挨拶してくれた。

 一方、クラウディアはどこか神妙な面持ちで、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 というか、クビにされた俺と違って、彼女は空魔軍の職務があるはずだが……。
 こんな僻地に足を運んで大丈夫なのだろうか。

「クロノ君……お久しぶりね。今日は私、元帥から任務を授かってここに来たの」

 開口一番、剣呑な雰囲気で用件を口にするクラウディア。

「……任務だって?」

「ええ。聡いあなたなら、すぐに察しが付くんじゃないかしら」

 と、そこで屋敷からロゼッタが外に出てきた。
 彼女もクラウディアたちに気付き、親しい部下の来訪に笑顔を見せる。

「あら、クラウディアじゃないですか。ドロシーも」

 しかし、クラウディアはわずかに会釈をしたのみで、すぐに俺へと向き直った。

「ねぇ、クロノ君」

「……な、なんだよ」

 たった一言で、その場がただならぬ雰囲気に変わる。
 張り詰めた空気に、ロゼッタも扉の前で足を止めた。

 ……元帥たちから任務を受けたということは、つまりはロゼッタを連れ戻しに来たのか。
 あるいはそれに加えて、俺を暗殺に来たなんてこと……いや、まさかないとは思うけど……。

 緊迫した中、俺がそんなことを考えていると、クラウディアはふっと息を吐き──

「もー、聞いてよぉ、クロノ君! 魔王様も! 元帥ったら本当に嫌になっちゃうんだから! あんなのセクハラ以外の何ものでもないわよぉー!」

 何のことはない、彼女が怒っていたのは命令した元帥たちに対してであり──いつも通りの艶やかなしぐさで、俺たちに泣きついたのだった。