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迎えた8月23日10時00分
今日は二郎と会う日である。
ミーンミンミーン……
待ち合わせ場所ではセミが泣きわめいていて
鬱陶しかった。
噴水広場の中央でスマホをいじる由奈は
どんな人が来るのだろう、と想像していた。

本当は今日ここに小暮くんが来てくれたら。
二郎の正体が小暮くんだったら……。
なんて夏休み前に自分がした
頭ん中お花畑妄想を再度思い出すが
きっとそれはない。
ないない。

物語のヒロインが密かに想いを寄せる少年が
そんな都合よく来る、なんて
いかにもな‪”‬恋‪”‬が始まりそうな
キラキララブファンタジーが現実で起こったら逆に興醒めだ。興醒め興醒め。
そんなのは大根役者揃いの
深夜枠のやっすいクソドラマで
ありがちな設定だ。
そんなクソドラマのキャストに選ばれたら、と思うとつくづく反吐が出る。

まぁ、でも​───────

相手役が小暮くんなら。
そんなクソドラマに片足を突っ込んでもいい、
と、同時に思う自分がいるのは
やっぱり小暮くんの事が好きだから、
なんだろう。

「もしかして、♡ユナ♡ちゃんかい?」

複雑な事を悶々と考えていた由奈の背中に
優しい感じの口調の穏やかな声が掛かる。
振り返った由奈はさほど驚く事もなく
冷静に答えた。

「あっ、はい。二郎さん、ですか?」

「そうじゃ」

予想的中。
やーっぱり爺さんだった。
同い年っていうのは
ガッツリ嘘だったみたいだ。

「なんと、可愛らしい子じゃのう…」
「いえ……そんな…」

やっぱり物事はそう都合よく回る訳はなく……。由奈の中で芽生えかけていた
母性本能が瞬時にサ​───────……と
消え去っていった。
なーにをこの人を我が子のように
思っていたんだ自分は。

こうして見るとただの爺さんで、
育成ゲームも謎解きゲームも
わざわざ出向く程自分はハマっていなかったのだと思い知らされる。

帰りたい。一縷の望みにかけ
今日ここに来たが瞬時に帰りたい、
と心底思った。

その時だった。

「あっ、じいちゃん……もー…
こんな所にいた。僕は出ないからね」

え……。
爺さんを追うように慌てて走ってきた青年を
見るやいなや、由奈は言葉を失った。
なぜならその青年が……

「小暮くん!?」

小暮くんだったからだ。

「八代、さん?」

見つめ合う私と小暮くんを見て
爺さんが口を開いた。

「なんじゃ、2人知り合いかい?」

小暮くんが答える。

「同じクラスなんだよ」

由奈と話す時よりも若干声色の低い小暮くんが爺さんを軽く睨む。何かに怒っているのだろうか?機嫌が悪そうに見える。こんな小暮くん見た事がない。

「え、もしかしてその人…小暮くんの……?」

爺さんを横目に尋ねると、小暮くんの代わりに
爺さんが口を開いた。

「どうも。涼太の祖父じゃ」
「祖父!?」

つい、大きな声が飛び出した。

あの……!?
縁側でよく将棋をさす、っていう!?あの!?

「実は……、
小暮グループの記念祝典で
涼太の交際相手を紹介しなければならなくてのぉ……。しかしながら涼太はガールフレンド1人、まともにおらん。それで、
‪”‬きゅーぴっと”‬、いうアプリを使って、
数ヶ月前から彼女の‪”‬フリ‪”‬をしてくれる子を
ワシは探しておったんじゃ……」

「か、か、か、彼女!?の‪”‬フリ‪”‬!?」
「2人が知り合いなら丁度いい。
もし宜しければ、
♡ユナ♡ちゃんにお願いしたい」

トントン拍子で前に進もうとする会話に
小暮くんが不機嫌そうにブレーキを掛ける。

「やめろよ、じいちゃん」
「いいじゃないか。こんな老いぼれとずぅっとやり取りしてくれておったんじゃぞ?
優しいお嬢さんじゃないか。それに
せっかくこうして来てくださったんじゃ。
どうかね?♡ユナ♡ちゃん」

爺さんが期待を込めた眼差しを由奈に向けた。

どうかね?、って……。
そんなの……選択肢は1つしかなかった。

「あっ、いいですよ!
フリ、すればいいんですよね!」

小暮くんの彼女役、なんて
願ったり叶ったりだ。
嘘から始まる……恋の予感!
どんなドラマでもアニメでも漫画でも大抵、
恋人のフリ、をしてそれが本物の恋になる!ってオチなんだから!

大して悩む事無く二つ返事で答えた由奈に
小暮くんがおそるおそる尋ねる。

「いいのか?」
「うん!私でよければ!」

小暮グループの記念祝典、とか言ってたけど
小暮くん……実はお金持ちなのかな…。
同じクラスで、好きな人、ではあるけど
小暮くんのプライベートに関しては
よく知らないから若干驚きはしたが
まぁ、信じられない、
というレベルの話ではない。

「ありがとう。♡ユナ♡ちゃん。
ワシはスマホの操作が全くもって
よく分からんがやって良かった」

嬉しそうに微笑む爺さんを盗み見て由奈は思う。
この数ヶ月。ずっとやり取りしていたのが
この爺さん、っていうのはちょっと癪だけど。
爺さんは爺さんでも、
小暮くんの爺さん……いや!お爺様!
なら話は別だ。
今では小暮くんのお爺様が幸運を運ぶ
コウノトリ……いや!

‪恋の‪”‬キューピット‪”‬ に見えた!

​───────めでたしめでたし。

***

なんて。
いくら小暮くんの家に
‪”‬縁側‪”‬があるからといって、
その縁側で小暮くんの祖父が
よく将棋をさすからといって
私は妄想を広げすぎた。
いくら妄想癖が人よりも酷いからといって、
広げすぎだ。

「あぁ…古い家でね。
祖父がよく縁側で将棋とかさすんだ」

「祖父……」

ボソッと自らから発せられた声が
空気にじわぁーと、溶け込んでいく最中。
由奈はブンブンとさっきよりも
激しく頭を振って 、
無理矢理過ぎる妄想に
歯止めをかけたのだった。

これはさっきよりもひどい妄想だった。
だって……
小暮グループ、ってなんだよ。
記念祝典、ってなんだよ。
現実離れも甚だしい。
由奈は先程自らが行った
妄想にげんなりしつつ、
軽くツッコミを入れていた。

そして慌てて取り繕うように
顔にかかった髪を耳に掛け、由奈は口を開く。

「そうなんだ、風情があっていいよね!縁側」
「そうかな?」

困ったように眉を下げる小暮くんに
由奈は再びこう思った。やっぱり……
身長170センチしか勝たん。と。

教室までの数メートル。
小暮くんと会話を楽しむ最中。
由奈はひたすら
いかにもな設定と展開をつまみに
小暮くんと結ばれるラストに繋がるような。
そんなフィクション感満載な妄想に
人知れず。淡々と。花を咲かせまくっていた。

黒髪マッシュで身長は170センチ以上あり、
尚且つ、私服がオシャレ。
本当は現実でそんな彼氏が出来たらいいが、
それはなかなか厳しいもので
最近では妥協するか、
すっかり諦める方向に突き進みつつあった由奈。そんな精神状態で
ドラマ、アニメ、マンガ…。
いかにもなフィクションに囲まれながら
日々生きているのだ。

八代由奈にとって、
そんなあるまじき妄想空間は
ちょっとした息抜きであり、
必要なものだった。

まぁでも​───────

やっぱり妄想は妄想。
現実は、そこまで甘くない事は
由奈はしっかりと心得ていた。