その晩。
爺さんとマッチングしてしまった、
と思っていた由奈は
紗枝に入れられたアプリの存在なんか
すっかり忘れて部屋でくつろいでいた。
そんな時。
ーーピコンッ……
通知音が部屋に鳴り響いた。
おもむろにスマホを手に取って画面を見つめる。
あのアプリからの通知だった。
─────────────────
【二郎】混んに、血は!
─────────────────
「やっぱり爺さんじゃん」
そのメッセージを見た瞬間。ふんぞり返って
おまけに不貞腐れるようにして
ベッドの中央にスマホを放り投げた。
”混んに、血は!”
どうせ「こんにちは」を打とうとしたのだろう。別に大して考えなくたって直ぐに分かった。そして只今の時刻。午後20時30分。
すっかり「こんばんは」の時間だ。
間違いだらけの1文はほのかに……いや。
ダイレクトに「爺さん」を匂わせた。
きっとスマホに慣れていないのだろう。
***
「あぁ、八代さん。おはよ〜」
「おっ、おはよう!小暮くん」
早朝からニコッと、
どこまでも優しい笑顔を由奈に
向けてくれた隣の席の男子を
机に突っ伏して盗み見る由奈。
今彼女は
心拍数の上昇を必死に抑えようとしていた。
ちなみに。
─────────────────────
・黒髪マッシュ
・身長は170センチ以上
・服装オシャレ
(由奈がひと目見た時に
「うわ、無理」とならなければOK)
※顔がかっこいいのは大前提
─────────────────────
隣の席の男子は由奈が掲げる理想を…
2項目は確実にクリアしている。
黒髪マッシュ。身長は170センチ。
制服姿しか見た事はないから
私服がオシャレがどうかは知らないが
きっと、オシャレ。
(黒髪マッシュの男子は
大抵オシャレと決まっているから多分大丈夫)
つまり何が言いたいかというと。そう。
常に偏見まみれの由奈だが
一応はちゃんとJKとして日々生きていて
それなりに、好きな人もいる。
それが隣の席の男子…小暮涼太であった。
確実に彼の見た目から好きになった由奈だが、
そもそも彼は性格も良かった。
今では中身も好きになりつつある。
眉目秀麗で、運動神経も良くて、成績優秀。
おまけに穏やかで優しい人柄。
スペックを全て兼ね揃えた人であり、
逆に嫌いになる要素がどこにも無い。
由奈が想いを寄せてしまうのも
無理はない人なのだ。
***
「ねぇ、二郎さんって人と会話してるー?」
お昼休み。紗枝が由奈のスマホを取り上げて
昨日インストールしたアプリ… cupid を立ち上げた。
「してないよ」
「なんでよ!」
「爺さんだから」
「違うかもでしょ!」
確かに紗枝の言う通り、”違うかも”しれない。
しかし、”違わないかも”しれない。
こうして爺さん疑惑が浮上してしまうのも
”もしかしたら自分と歳が近い”若者かも”しれない。と行ったり来たりの憶測が飛び交うのも、このアプリが少し説明不足だからだ。
このアプリの製作者にどこかでばったり
会ったとしたら由奈はまずこう言うだろう。
年齢を表示しろ、と。
このアプリの改善点はまずそれだろう。
───────────────────
【二郎】混んに、血は!
───────────────────
そして昨晩の二郎からのメッセージには紗枝も
「こんにちは、って打ちたかったんだろうね」
なんて苦笑しながらその場で颯爽と返信した。
───────────────────
【♡ユナ♡】混んに、血は!
───────────────────
面白がって、二郎と同じように
ミスだらけの1文を送った紗枝は
「なんて返ってくるかな」
と、言っておにぎりを頬張っていた。
***
ーーピコンッ……
その晩の事だった。
cupid、からの通知。
そしてそれはイコール、
二郎からなんか来たって事だ。
──────────────
【二郎】お育、つ出スカ!
──────────────
「あぁ…、おいくつですか!…か」
昨晩はスルーしていたが、
今日は機嫌が良かったので返信する事にした。
きっと機嫌がいいのは今朝。
小暮くんと会話したおかげだろう。
隣の席だからと言って、会話する事は
滅多にないのだ。やっぱり好きな人の前だと
尻込みしてしまう、という純粋な乙女心を由奈も1人前に持っていた。
──────────────
【♡ユナ♡】17。そちらは?
──────────────
由奈は昼間、紗枝がしたように面白がって、
わざと変換をミスったりはせず、普通に返した。
…10分後。
帰ってきたメッセージに由奈は
眉間にシワを寄せた。
──────────────
【二郎】同じ句
──────────────
「同じく…。え、じゃあ17歳?」
一瞬。面を食らったような気持ちになるが
17歳がこんなにスマホに慣れていないものか。
すぐに嘘、だと思った。
しかしその嘘、にしばらく
付き合ってあげる事にした由奈は
それから数ヶ月。
二郎とメッセージのやり取りをし続けたのだ。
このアプリのルール上。
1ヶ月を過ぎたら他の人に
フォロー申請して承認されれば
1体1で話す事が出来るらしいが、
1ヶ月を過ぎても由奈はずっと二郎とのみ、
メッセージのやり取りををしていた。
その頃の由奈には別に
「彼氏が欲しい」という
願望が無くなってきていたのだ。
あと…。顔も知らない二郎とのやり取りに
ちょっと育成ゲームに
近しいものを感じ初めていたのだ。
もう、由奈の中で二郎は
17歳と年齢を偽る爺さん
という位置づけなのだが
最初は変換ミスだらけだった返信が
日に日に。ミスが減ってきていたのだ。
きっと慣れてきたのだろう。
育成ゲーム、というのはある日を境に
デン!といきなり成長するんじゃ面白くない。
”日に日に”。”徐々に”。
変換ミスが減っていく、というスマホ慣れしていないであろう二郎のその成長を
由奈は若干、楽しみつつあった。
いうならば
子供の成長を見守る親、のような心情だ。
───────────────────
【二郎】だよねダブリュー
───────────────────
=だよねw
由奈側も、二郎の変換ミスを勝手に
正しく変換して返信してこれていた(つもり)なので、向こうの返信の意味が分からなかった事は
今のところ1度もない。
ギリギリ「=」(イコール)で結び付けられる程度の間違いしかして来ないのだ
1周回って、もはや可愛い。
育成ゲームを兼ねた謎解きゲームみたいだ。
なんて、暇つぶし感覚で呑気に二郎と
メッセージのやり取りをしている間にも
学校では席替えがあり、由奈が
想いを寄せる小暮くんとは
席が遠くなってしまい……。
会話する事もほとんどなくなり……
由奈はcupidと共に
普遍的な高校生活を送っていた。
月日は流れ7月下旬。
明日からは夏休みを迎えようとしていた。
ーーピコンッ……
その日は珍しく朝、二郎から返信があった。
いつも二郎からの返信は決まって夜で。
由奈が返信したのを最後にメッセージは
1度途切れる事が多かった。
───────────────────
【二郎】会いま、せんか
───────────────────
=会いませんか
瞬時に由奈の頭の中では爺さんが登場。
爺さんと由奈が縁側で
お茶をしている場面を勝手に想像していた。
正直。面倒だなぁ、と思う。
しかし───────
愛着が湧き始めた我が子に会ってみたい、と
変換ミスだらけの二郎に対し
勝手に湧き始めた母性本能が
そう、訴えかけていた。
すぐに、いいよ、と返信した由奈と
数ヶ月経っても未だ大した素性も知らぬ
二郎はトントン拍子で
8月23日10時00分。
駅前の噴水広場で会う事になってしまった。
由奈だって顔も知らない人と会う、なんて行為に、警戒心が1ミリも無い訳ではない。
しかしだ。
二郎とは1日4.5通の
本当に簡単なやり取りだけではあったが、
由奈は二郎に……常にどこか、
知っている、ような感覚があったのだ。
本当に、何となく、だが。
爺さんとマッチングしてしまった、
と思っていた由奈は
紗枝に入れられたアプリの存在なんか
すっかり忘れて部屋でくつろいでいた。
そんな時。
ーーピコンッ……
通知音が部屋に鳴り響いた。
おもむろにスマホを手に取って画面を見つめる。
あのアプリからの通知だった。
─────────────────
【二郎】混んに、血は!
─────────────────
「やっぱり爺さんじゃん」
そのメッセージを見た瞬間。ふんぞり返って
おまけに不貞腐れるようにして
ベッドの中央にスマホを放り投げた。
”混んに、血は!”
どうせ「こんにちは」を打とうとしたのだろう。別に大して考えなくたって直ぐに分かった。そして只今の時刻。午後20時30分。
すっかり「こんばんは」の時間だ。
間違いだらけの1文はほのかに……いや。
ダイレクトに「爺さん」を匂わせた。
きっとスマホに慣れていないのだろう。
***
「あぁ、八代さん。おはよ〜」
「おっ、おはよう!小暮くん」
早朝からニコッと、
どこまでも優しい笑顔を由奈に
向けてくれた隣の席の男子を
机に突っ伏して盗み見る由奈。
今彼女は
心拍数の上昇を必死に抑えようとしていた。
ちなみに。
─────────────────────
・黒髪マッシュ
・身長は170センチ以上
・服装オシャレ
(由奈がひと目見た時に
「うわ、無理」とならなければOK)
※顔がかっこいいのは大前提
─────────────────────
隣の席の男子は由奈が掲げる理想を…
2項目は確実にクリアしている。
黒髪マッシュ。身長は170センチ。
制服姿しか見た事はないから
私服がオシャレがどうかは知らないが
きっと、オシャレ。
(黒髪マッシュの男子は
大抵オシャレと決まっているから多分大丈夫)
つまり何が言いたいかというと。そう。
常に偏見まみれの由奈だが
一応はちゃんとJKとして日々生きていて
それなりに、好きな人もいる。
それが隣の席の男子…小暮涼太であった。
確実に彼の見た目から好きになった由奈だが、
そもそも彼は性格も良かった。
今では中身も好きになりつつある。
眉目秀麗で、運動神経も良くて、成績優秀。
おまけに穏やかで優しい人柄。
スペックを全て兼ね揃えた人であり、
逆に嫌いになる要素がどこにも無い。
由奈が想いを寄せてしまうのも
無理はない人なのだ。
***
「ねぇ、二郎さんって人と会話してるー?」
お昼休み。紗枝が由奈のスマホを取り上げて
昨日インストールしたアプリ… cupid を立ち上げた。
「してないよ」
「なんでよ!」
「爺さんだから」
「違うかもでしょ!」
確かに紗枝の言う通り、”違うかも”しれない。
しかし、”違わないかも”しれない。
こうして爺さん疑惑が浮上してしまうのも
”もしかしたら自分と歳が近い”若者かも”しれない。と行ったり来たりの憶測が飛び交うのも、このアプリが少し説明不足だからだ。
このアプリの製作者にどこかでばったり
会ったとしたら由奈はまずこう言うだろう。
年齢を表示しろ、と。
このアプリの改善点はまずそれだろう。
───────────────────
【二郎】混んに、血は!
───────────────────
そして昨晩の二郎からのメッセージには紗枝も
「こんにちは、って打ちたかったんだろうね」
なんて苦笑しながらその場で颯爽と返信した。
───────────────────
【♡ユナ♡】混んに、血は!
───────────────────
面白がって、二郎と同じように
ミスだらけの1文を送った紗枝は
「なんて返ってくるかな」
と、言っておにぎりを頬張っていた。
***
ーーピコンッ……
その晩の事だった。
cupid、からの通知。
そしてそれはイコール、
二郎からなんか来たって事だ。
──────────────
【二郎】お育、つ出スカ!
──────────────
「あぁ…、おいくつですか!…か」
昨晩はスルーしていたが、
今日は機嫌が良かったので返信する事にした。
きっと機嫌がいいのは今朝。
小暮くんと会話したおかげだろう。
隣の席だからと言って、会話する事は
滅多にないのだ。やっぱり好きな人の前だと
尻込みしてしまう、という純粋な乙女心を由奈も1人前に持っていた。
──────────────
【♡ユナ♡】17。そちらは?
──────────────
由奈は昼間、紗枝がしたように面白がって、
わざと変換をミスったりはせず、普通に返した。
…10分後。
帰ってきたメッセージに由奈は
眉間にシワを寄せた。
──────────────
【二郎】同じ句
──────────────
「同じく…。え、じゃあ17歳?」
一瞬。面を食らったような気持ちになるが
17歳がこんなにスマホに慣れていないものか。
すぐに嘘、だと思った。
しかしその嘘、にしばらく
付き合ってあげる事にした由奈は
それから数ヶ月。
二郎とメッセージのやり取りをし続けたのだ。
このアプリのルール上。
1ヶ月を過ぎたら他の人に
フォロー申請して承認されれば
1体1で話す事が出来るらしいが、
1ヶ月を過ぎても由奈はずっと二郎とのみ、
メッセージのやり取りををしていた。
その頃の由奈には別に
「彼氏が欲しい」という
願望が無くなってきていたのだ。
あと…。顔も知らない二郎とのやり取りに
ちょっと育成ゲームに
近しいものを感じ初めていたのだ。
もう、由奈の中で二郎は
17歳と年齢を偽る爺さん
という位置づけなのだが
最初は変換ミスだらけだった返信が
日に日に。ミスが減ってきていたのだ。
きっと慣れてきたのだろう。
育成ゲーム、というのはある日を境に
デン!といきなり成長するんじゃ面白くない。
”日に日に”。”徐々に”。
変換ミスが減っていく、というスマホ慣れしていないであろう二郎のその成長を
由奈は若干、楽しみつつあった。
いうならば
子供の成長を見守る親、のような心情だ。
───────────────────
【二郎】だよねダブリュー
───────────────────
=だよねw
由奈側も、二郎の変換ミスを勝手に
正しく変換して返信してこれていた(つもり)なので、向こうの返信の意味が分からなかった事は
今のところ1度もない。
ギリギリ「=」(イコール)で結び付けられる程度の間違いしかして来ないのだ
1周回って、もはや可愛い。
育成ゲームを兼ねた謎解きゲームみたいだ。
なんて、暇つぶし感覚で呑気に二郎と
メッセージのやり取りをしている間にも
学校では席替えがあり、由奈が
想いを寄せる小暮くんとは
席が遠くなってしまい……。
会話する事もほとんどなくなり……
由奈はcupidと共に
普遍的な高校生活を送っていた。
月日は流れ7月下旬。
明日からは夏休みを迎えようとしていた。
ーーピコンッ……
その日は珍しく朝、二郎から返信があった。
いつも二郎からの返信は決まって夜で。
由奈が返信したのを最後にメッセージは
1度途切れる事が多かった。
───────────────────
【二郎】会いま、せんか
───────────────────
=会いませんか
瞬時に由奈の頭の中では爺さんが登場。
爺さんと由奈が縁側で
お茶をしている場面を勝手に想像していた。
正直。面倒だなぁ、と思う。
しかし───────
愛着が湧き始めた我が子に会ってみたい、と
変換ミスだらけの二郎に対し
勝手に湧き始めた母性本能が
そう、訴えかけていた。
すぐに、いいよ、と返信した由奈と
数ヶ月経っても未だ大した素性も知らぬ
二郎はトントン拍子で
8月23日10時00分。
駅前の噴水広場で会う事になってしまった。
由奈だって顔も知らない人と会う、なんて行為に、警戒心が1ミリも無い訳ではない。
しかしだ。
二郎とは1日4.5通の
本当に簡単なやり取りだけではあったが、
由奈は二郎に……常にどこか、
知っている、ような感覚があったのだ。
本当に、何となく、だが。