「別にいいわよ。私のことは」

と。
セレーナが言ったのは、応接室を後にして、二人きりとなってすぐのことであった。

「は、なんのこと?」
「なんのことって顔に出てるわよ。悩んでるでしょ、本気で戦うかどうか。それも、私との関係を公的に認めてくれるって話のせいで」

……一応しらばっくれてみたのだが、やはりセレーナにこの手は通じないらしい。
いきなり本題に切り込まれる。

「たった数か月かもしれないけど、もう何日も私はあなたばかりを見て生きてる。それくらい、声に出さなくたって分かるもの」

考えてみれば、そうだ。

彼女は単に洞察力が高いだけでなく、俺のことをよく知っている。いろんな顔を見てきた彼女には、最初から丸わかりだったのかもしれない。


こうして見抜かれてしまった以上は、続けても猿芝居にしかならない。
ならば、さっきの発言の真意を尋ねるほうがよっぽどいいだろう。

「……それで? 気にしなくていいって言うのは、どういうこと?」
「そのままよ。私のことは気にしなくていい。義父上がどう言っても、たとえば私とあなたの関係を認めないと言っても関係ない。
 そもそも今だって、許可をとってあなたのもとにいたわけじゃないわ。無視すればいいだけの話よ」
「そう言われてみれば、そうだけど、認めてもらったほうがやりやすいんじゃないの? 実家との関係もあるだろ」
「いいのよ、それも気にしないの。あなたの元に行った時点ですべて覚悟してたこと」

セレーナは決然とした顔でそう言ったあと、俺の前へと回り込み手をすくいあげて首を少しあげて俺の瞳をじっと捕える。

実に綺麗な顔をしていた。
こうして改まって正面から見れば、その雪のように白い肌や薄水色の瞳、まるで高級な織物みたいな紫色の髪、どれも一級品に美しくて、目を奪われる。

思えばはじめて会った時から、彼女は大層綺麗だった。
そしてその完成された美しさは、いっさい損なわれずにここにある。

だがその時には彼女が纏っていた儚げな雰囲気が、今は少し違って感じられた。
今の彼女には、心の中をまっすぐに通る芯がある。

そんな気がした。
たぶんなにを言おうと、彼女は自分を曲げない。

「……わかった」

ならば、俺が無理に変えさせる話ではない。
彼女が望むように、俺がしたいように振る舞うべきだろう。

「よし、適当に上手い具合に負けてくる。親父にわざとと見抜かれないくらいほどよくな、。やっぱり次期領主候補なんて勘弁だし」
「ふふ、そうでなくちゃあなたじゃないわ」
「だろ? これが俺流ってやつだ。
まぁあれだけ用意して負ければ、親父だって俺の評価をまた下げるだろ。クロレルが再評価されるようにうまく、立ち回るよ」
「ふふ、そうね。頑張って」
「負けるを頑張るって意味わからんけどな」

方向性が決まって、俺たちはたわいのない会話をしながら、屋敷の廊下を外を目指して歩く。
そこへ途中でメリリが合流したのだが……

「アルバ様…………、あの人、怖い」

俺より先に、彼女の方が戦いに負けてきたみたいな意気消沈具合になっていた。
どんよりとした負のオーラを全身に纏わせていて、まるで亡霊のようだ。

「そんなにこってりセバスにいかれたのか?」
「はい……。勝手に仕事を飛んだことを散々叱られました。クロレルのところから戻りたかったなら、先に辞表をちゃんと出せとかなんとか!」

メリリが涙でぬれて鼻水まで垂れた顔を俺の背中にこすりつけてくるから、俺はどうにかそれを逃れる。

まぁ一般的に考えれば、それはたしかに必要な手続きだ。
セバスが怒るのも、道理は分かる。

……が、そういう意味で言えば俺もセレーナも、形こそ違えど逃げてきた身だ。

「ある意味、似たもの同士ね。私たち」

セレーナがぼそりと言うのに、俺は苦笑する。
メリリは、一緒にしないでください! と言っていたが、結局は耐えきれなくなったのか、くすくすと笑っていた。


和気あいあいとした雰囲気のなか、俺たちは屋敷を出て再び馬車へと乗り込む。

そうして決戦の地、運命の分水嶺(ある意味)となる公会堂内にある闘技場へと向かったのだが……

その通路でもまた、待ち受けて居る人がいた。
そいつは取り巻きを後ろに控えさせて、尊大な態度で俺たちの方へと近づいてくる。

「はは、逃げずに来たんだな。馬鹿な弟を持ってラッキーだぜ」

その耳障りな声の主は、できることなら、もう二度と顔をみたくなかった男であり、俺たち三人それぞれに因縁のある人間。

クロレル・ハーストンだった。