コレバスがもたらしてくれたのは、むろん人手の増加だけではない。
クロレル側も、まさか自分の差し向けた仕事人が逆に諜報に利用されているとは考えもしなかったようだ。

彼の置かれている状況が、次々と伝えられる。
今日もコレバスが俺の家へと報告に訪れていた。

わざわざ身に着けていた武器の全てを外して、片膝をつく。たっぷり5秒以上、その姿勢で頭を下げるのだから律儀すぎる。

なんだかとんでもなく偉い人間になった気分にさせられた。根からお嬢様であるセレーナは気にしていないようだったが、俺には落ち着かない。

「お時間をいただき恐縮です。アルバ様、セレーナ様」
「……いや、固いって。そこまでしなくていいんだよ」

俺は柔和に笑って促すのだけど、彼はあくまで姿勢を変えない。
そのまま、状況報告を始める。

「まずは、街の状況についてです。クロレルの失政の数々に愛想を尽かした住民たちの一部が暴動に出ていましたが、ほぼ鎮静化されました。
 これまでは衛兵団を維持する金もなく対処に苦労していたようですが、どこからか人を集めてきたようですね」
「どこからか……。どうやって人を集めたかが問題だな。あの街に、それだけの人数を雇えるお金はないだろうし」

俺は疑問をそのまま口にする。

「さすがはアルバ様だ。お察しが早い……!」

それだけで、目を輝かせるのだからおかしい。
ちょっと過大評価されすぎてない? と思う俺をよそに彼は恍惚とした表情で話を続ける。

「どうやら、バックに妙な連中がついたようです。その連中がクロレルを動かしているとみて、ほぼ間違いありません。
はじめに拙者が雇われたのも、その集団からの入れ知恵だったようです。調べてはみたのですが、とんと素性のしれない団体で……。
その目的まではまだ見つけられておりません」

呆れたとしか言えない転がり落ち方だ。
優秀な人材を軒並み解雇した代わりが、わけのわからない集団で、その傀儡人形になるいというのだから救いがない。

「それとアルバ様の暗殺計画についてですが、「準備を整えている段階だ」という虚偽の報告を続けていたところ、こたび正式に取りやめることになったようです」
「……やけに諦めが早いわね。執着心の強いクロレルらしくもない」
「セレーナ様もそう思われますか。どうやら状況が変わったようなのです」

その作戦内容についても、コレバスは教えてくれる。
それはまったく寝耳に水の話で、俺は椅子から崩れ落ちそうになった。


そうくるか、と思った。
クロレルのことは考慮に入れていたけれど、そちら側のことはすっかり頭から抜け落ちていた。

「親父が俺たち兄弟を近々、ハーストンシティに招集する……だって? なんだってそんなことを」
「まぁ想像できたことね。過ちを犯したとはいえ、それ以降は安定的に村を統治していて悪い噂も立たなくなったアルバ。一方で、支離滅裂な政治で街の秩序を壊したクロレル……。
強いてどちらを次の領主にしたいかと考えたら……」

セレーナがそこで言いよどんだことで、俺の背中にはぞっと寒気が走る。

その先は、もう聞きたくなかった。
てっきり完全にそのコースからは外れたと思ってまったく考えていなかっただけに、今突き付けられたら受け入れられる気がしない。

が、そこはセレーナだ。はっきりと言い切る。

「あなたを次期領主にする方向で考え直すのかも」

……あぁ、神よ。見放したもうたか。

いや、そもそもろくに信じちゃいないが、さすがにこれは呪われている気さえしてきた。
魂の抜けた俺が空笑いを続けていると、隣からセレーナが頭をよしよしと撫でてくれる。それでも、簡単には立ち直れない。

「奴らは、その場で逆転するシナリオを考えているのでしょう。そこから先は極秘情報として厳重に扱われ、触れることができませんでした」
「……あぁ、そう。いろいろありがとうね」
「いえ、お褒めにあずかるほどのことではありません。拙者の任務ゆえ。それにしても、ハーストン辺境伯は見る目があられますね。拙者の目から見ても、どちらがその器にふさわしいかは明白!」

俺が評価されていることを嬉しそうに語るコレバス。
そんな彼に対して、俺はもはや生気の抜けた返事しかできなくなる。


「ご苦労様だったわね。次は、ハーストンシティの状況調査をしてもらえる? もちろん休んでからでいいわ」
「かしこまりました」

セレーナが代わりに次の指令を出すことで、コレバスはさっそく動き出す。

一方の俺はといえば、まだうなだれていた。
活力のすべてをもっていかれた気分だ。

「もうアルバったら。私だって、あなたの方がよっぽどクロレルより次期領主にふさわしいと思っているわよ」
「それ、慰めにならないからな?」
「そのつもりはないわ。ただ感想を述べただけだもの。私は、あなたの目標を応援してるわ。でも同時にあなたが評価されるのも嬉しいの」

彼女はなおも慈しむように俺の頭を撫で続ける。
その言葉と温もりのおかげで、一応は正気を取り戻すことができたのであった。