振り返ると、この一ヶ月は掴むことすら難しい瞬間の連続だった。
『RINNE』から送られたファイルを指定されたアドレスへ転送してすぐ、そのリーク画像は有名な晒し系の配信者によって拡散された。配信者に画像をリークしたと思われる人物の虚言が疑われたり、画像自体が捏造なのではないかと騒がれたりSNS世界の全ての中心に間違いなく『RINNE』がいた。
本人が姿を現すことはなく、僕との連絡も途絶えたままだった。各コンテンツに湧き出るなりすましの数々に踊らされる視聴者が必ずいて、騙されては嘆いてを繰り返すような時間が続いた。これが『RINNE』の言う望みなのだろうか。
本日十六時『RINNE活動史上初のオフラインイベント』が幕を開ける。
本人不在にも関わらず事前に受けた出席予定の数え切れない件数の電話の対応をしている時、初めて僕が無職でよかったと心から思った。
当日の動きのためにも『RINNE』の自宅に事前に一度足を運んだけれど、誰かが住んでいるような気配は一切感じなかった。オフラインイベントでありながらも本人不在という異例すぎる状況の中、今日は『RINNE』が最期に遺した『あの文章』を公開する時間にすることにした。僕自身まだ読んでいないそこに何が綴られているのか、正直恐怖心が拭えない。
そうこうしているうちに時計の針が予定時刻の十六時を指した。
ー*ー*ー*ー*ー
「すみません……RINNEのオフラインイベント会場はここであってますか?」
声を掛けてきたのは僕より一回り以上年下の少女だった。どこかで見かけたことのある顔だったけれど、忙しさのあまり答えに辿り着くことはなかった。
「はい。こちらで大丈夫ですよ」
『RINNE』のライブグッズを全身に纏い表札の前で手を合わせ啜り泣く人、友人とスマートフォン片手に飛び跳ねながら写真を撮る人、画面の先の誰かに向けて必死に状況説明をする配信者、その配信者のファン。目的は同じはずなのに多種多様な様子に、どこか以前のSNSと似た空気を感じた。
雰囲気に浸っていると遠くの方で罵声が聞こえた。
『RINNEの画像リークしたのはお前だろ!』
数人の男性の太い声の矛先は先程声を掛けてきた少女だった。その光景を見て答えに辿り着いた。彼女は『RINNE』ファンの界隈を牛耳っている『めるてゃん』と言われる少女だった。
「違います……!適当なこと言わないでください!」
「なんだその態度は!嘘をつく方に非があるだろ!」
不謹慎なことはわかっている。ただ醜さの中に人間らしさを感じ、惹かれている自分がいる。ここにいる全員が『RINNE』を中心として創られた自分自身が主人公の世界を生きている。
「黙ってみていないでスタッフなら進行ぐらいしなさいよ」
中年の女性の声に自分自身の役割を再認識した。
『まもなくオフラインイベントを開会させていただきます』
僕のアナウンスに静寂が戻った。何百もの人がいる中でやはり皆『RINNE』のことを愛しているのだということを感じる。その後すぐ『RINNE』の最期の文章を読み上げることにした。僕の肉声で届けてしまうのは無礼なような気がしたため事前に音声変更機能のあるマイクを購入し、無機質な声で言葉をそのまま届けることに成功した。
『転生』
その名を聴いた瞬間、会場にざわめきが走った。空気が変わり僕自身の中にも電流が走るような感覚を覚えた。
「転生って……覚えてる?」
「あの伝説のアーティストだろ……?」
突然の失踪から一切姿を現さない伝説のアーティスト『転生』
僕自身も彼の作品を好きで聴いていた時期がある。そんな彼の名が『RINNE』の口から出てくるとは、その場にいる誰も想像していなかったことだろう。
全てを読み終わった後、会場が一気に騒がしくなった。
『誰がRINNEをこの結末に追い詰めたのか』
途方もない犯人探しに感じたことのない熱がそこにはあった。
自分には無関係だと逃避する者、誹謗中傷のせいだとありがちなシナリオを作り上げる者、誰かのせいだと責める対象を見つける者、それぞれが対象を探し、批判と思い込みに全総力を注ぎ込んだ。
止むことのない罵声と嘆きとそれを煽る甲高い声は数時間にも渡った。
『きっと君たちは今が一番生きているね』
僕の右手の拡声器を反応するまも与えずスッと取り声を上げたのは細身の男性だった。みたことすらないけれど、そこにいる誰もが彼の正体に気づいた。
「RINNE……」
静寂の中、淡々と語りだす彼の声だけが響く。
『意思を持たない賞賛なんかより、本質もみられずに単語を送られるより、意思を持った温度の
宿った罵声こそが本物の生があると思うんだよ』
もうこの世にいないことを誰もが確信しきった瞬間に響いた彼の言葉に誰もが呼吸を忘れた瞬間だった。
『RINNE』から送られたファイルを指定されたアドレスへ転送してすぐ、そのリーク画像は有名な晒し系の配信者によって拡散された。配信者に画像をリークしたと思われる人物の虚言が疑われたり、画像自体が捏造なのではないかと騒がれたりSNS世界の全ての中心に間違いなく『RINNE』がいた。
本人が姿を現すことはなく、僕との連絡も途絶えたままだった。各コンテンツに湧き出るなりすましの数々に踊らされる視聴者が必ずいて、騙されては嘆いてを繰り返すような時間が続いた。これが『RINNE』の言う望みなのだろうか。
本日十六時『RINNE活動史上初のオフラインイベント』が幕を開ける。
本人不在にも関わらず事前に受けた出席予定の数え切れない件数の電話の対応をしている時、初めて僕が無職でよかったと心から思った。
当日の動きのためにも『RINNE』の自宅に事前に一度足を運んだけれど、誰かが住んでいるような気配は一切感じなかった。オフラインイベントでありながらも本人不在という異例すぎる状況の中、今日は『RINNE』が最期に遺した『あの文章』を公開する時間にすることにした。僕自身まだ読んでいないそこに何が綴られているのか、正直恐怖心が拭えない。
そうこうしているうちに時計の針が予定時刻の十六時を指した。
ー*ー*ー*ー*ー
「すみません……RINNEのオフラインイベント会場はここであってますか?」
声を掛けてきたのは僕より一回り以上年下の少女だった。どこかで見かけたことのある顔だったけれど、忙しさのあまり答えに辿り着くことはなかった。
「はい。こちらで大丈夫ですよ」
『RINNE』のライブグッズを全身に纏い表札の前で手を合わせ啜り泣く人、友人とスマートフォン片手に飛び跳ねながら写真を撮る人、画面の先の誰かに向けて必死に状況説明をする配信者、その配信者のファン。目的は同じはずなのに多種多様な様子に、どこか以前のSNSと似た空気を感じた。
雰囲気に浸っていると遠くの方で罵声が聞こえた。
『RINNEの画像リークしたのはお前だろ!』
数人の男性の太い声の矛先は先程声を掛けてきた少女だった。その光景を見て答えに辿り着いた。彼女は『RINNE』ファンの界隈を牛耳っている『めるてゃん』と言われる少女だった。
「違います……!適当なこと言わないでください!」
「なんだその態度は!嘘をつく方に非があるだろ!」
不謹慎なことはわかっている。ただ醜さの中に人間らしさを感じ、惹かれている自分がいる。ここにいる全員が『RINNE』を中心として創られた自分自身が主人公の世界を生きている。
「黙ってみていないでスタッフなら進行ぐらいしなさいよ」
中年の女性の声に自分自身の役割を再認識した。
『まもなくオフラインイベントを開会させていただきます』
僕のアナウンスに静寂が戻った。何百もの人がいる中でやはり皆『RINNE』のことを愛しているのだということを感じる。その後すぐ『RINNE』の最期の文章を読み上げることにした。僕の肉声で届けてしまうのは無礼なような気がしたため事前に音声変更機能のあるマイクを購入し、無機質な声で言葉をそのまま届けることに成功した。
『転生』
その名を聴いた瞬間、会場にざわめきが走った。空気が変わり僕自身の中にも電流が走るような感覚を覚えた。
「転生って……覚えてる?」
「あの伝説のアーティストだろ……?」
突然の失踪から一切姿を現さない伝説のアーティスト『転生』
僕自身も彼の作品を好きで聴いていた時期がある。そんな彼の名が『RINNE』の口から出てくるとは、その場にいる誰も想像していなかったことだろう。
全てを読み終わった後、会場が一気に騒がしくなった。
『誰がRINNEをこの結末に追い詰めたのか』
途方もない犯人探しに感じたことのない熱がそこにはあった。
自分には無関係だと逃避する者、誹謗中傷のせいだとありがちなシナリオを作り上げる者、誰かのせいだと責める対象を見つける者、それぞれが対象を探し、批判と思い込みに全総力を注ぎ込んだ。
止むことのない罵声と嘆きとそれを煽る甲高い声は数時間にも渡った。
『きっと君たちは今が一番生きているね』
僕の右手の拡声器を反応するまも与えずスッと取り声を上げたのは細身の男性だった。みたことすらないけれど、そこにいる誰もが彼の正体に気づいた。
「RINNE……」
静寂の中、淡々と語りだす彼の声だけが響く。
『意思を持たない賞賛なんかより、本質もみられずに単語を送られるより、意思を持った温度の
宿った罵声こそが本物の生があると思うんだよ』
もうこの世にいないことを誰もが確信しきった瞬間に響いた彼の言葉に誰もが呼吸を忘れた瞬間だった。