高校三年生の2日目は特に何の問題もなく過ぎていった。どの教科も初回授業だったが先生たちは淡々と教科書を進めていた。今年大学受験を控えている三年生だし当たり前といえばそうだ。
佳道がいなくなっても、私や皆の日常が普通に進んでいることが不思議だった。
佳道が生きていく時間が、どんどん後ろへと見えなくなっていくような気がする。
一日一日が過ぎるごとに、彼との思い出が幻のようになっていくような気がする。
誰にも共有できない。誰にも打ち明けられない。彼との思い出は、今や私の記憶の中にしかない。それがどんなに切なく苦しいことなのか、日々過ぎるごとに痛感していた。日が経つごとに彼を失った傷は薄れるどころか、より深くなっている。想えば想うほど、全快不能な大怪我へと成り変わる。
溺れそうな私は、必死に腕をかき息継ぎをしようと試みた。けれど、泳ぎが下手な私は、すぐに水を飲み込んでしまう。鼻がつんとして痛い。
気がつけば自分が今、一人ぼっちで膝を抱えているのだということに気づく。
学校に友達はいない。この二年間、佳道とずっといたせいで心から友達と呼べる存在をつくることができなかった。佳道がいなくなった今、私は常に一人きり。けれど一人でいる自分を哀れまれるのが嫌で、一人でも全然平気ですというすました顔をしていた。だから余計に、誰も私に近づこうとはしなかった。

「ただいまー」

考え事をしながら歩いているといつの間にか家についていた。自宅の玄関の扉を開け、二階の部屋へと登る。

「ユウミ、調子はどう?」

ユウミは朝と全く同じ体勢のまま、布団の中で静かに目を閉じていた。
私は彼女の額にそっと手を当ててみた。まだ自分の体温よりも熱いと感じ、熱が下がっていないことを知る。
りんごでもむこうと思っていたのだがやめておく。熱を下げるためにも、そのまま寝かしておく方が良いかと思いユウミのそばを離れた。


翌朝、目が覚めるとユウミが私の顔を覗き込んでいた。

「わっ、どうしたの? てか熱は?」

「大丈夫! もう下がったから〜」

熱が下がってよっぽど嬉しいのか、フンフンと鼻歌を歌いながら窓を開ける彼女。病み上がりの身体でそんなに動いて大丈夫なのかと心配になるほどだ。

「でも良かった。昨日はびっくりしたよ」

「ごめんなさい。看病してくれてありがとう結奈」

「いや、私は何も」

「ううん。ありがとう」

優しげに目を細めて微笑む彼女は、妹というよりも聖母マリアのような眼差しで私を穏やかな気持ちにさせてくれた。

「まだ無理しないで。今日も家でゆっくりしておいて」

「はあい」

昨日の心配とは打って変わって安心して学校に登校することができる。部屋の中で花が風に揺られるかのようにダンスするユウミを見ながら、私は微笑ましい気持ちになっていた。


しかし、そんな私の楽観的な気分はすぐに打ち砕かれることになる。
ユウミは一週間後に再び発熱した。前日に二人で電車に乗り、大きな公園に出かけた帰りだった。公園でユウミと写真を撮ったり作って持ってきたお弁当を食べたりするひとときは、忙しい日々の疲れを忘れさせてくれた。何より終始本当に幸せそうに笑顔を浮かべるユウミを見ていると、佳道を失って心にぽっかりと空いていた穴が少しずつ塞がっていくような気がしたのだ。

「ちょっとはしゃぎ過ぎたかな?」

「違うよー。たまたまだって」

「そう? 早く良くなるといいね」

ユウミのことが心配で、私は寝る前に彼女に向けてお守りを作った。フェルトで作った桜の形の簡単なストラップだ。

「これ、去年佳道が大事なサッカーの試合の前日にあげたものと同じなの。試合が終わってから、この桜みたいにチームメイトがみんな笑っていられますようにって思って……良かったら持ってて」

「いいの? 可愛い! 大事にするね」

お守りを見つめて微笑む彼女は、そのままお守りを両手に握りしめたまま眠ってしまった。

大丈夫、ユウミの体調はきっとまたすぐに良くなる。

だがそんな私の祈りも虚しく、ユウミはその後、熱が下がってはまた上がる、ということを繰り返すようになっていった。