「……な、結奈」

誰かが私の肩を揺さぶった。聞き覚えのある幼い声にはっとして目を覚ます。ぐるりと視界が一周回ったようにぼやけ、ようやく焦点が合うと、私の顔を覗き込むユウミの心配そうな顔が目に飛び込んできた。

「ユウミ……どうしてここに?」

「だって結奈、今日は始業式で早く帰ってくるって思ったのに全然帰らないんだもん。もう待ちくたびれて迎えに来ちゃったよ」

「……」

ゆっくりと身体を起こして窓の外を見ると、日が暮れかかって空が茜色に染まっていた。どうやら私は何時間も眠ってしまっていたようだ。

「あ、起きた? 気分はどう?」

先生が今起きたばかりの私の様子を窺うように身をかがめる。

「大丈夫です。ありがとうございました」

「いえいえー可愛らしいお迎えが来て良かったね」

ユウミを見て微笑む先生を背に、私はユウミの手を引いて保健室を後にした。

「それにしてもびっくりした。なんで一人でここまで来れたの?」

時刻は17時20分、まだ母親も家に帰っていない時間帯だ。ユウミに高校の場所を教えた覚えはない。それなのになぜ、彼女は一人で学校まで辿り着けたんだろうか。

「えーなんでだろう? 直感で歩いたらこの学校に着いたの。結奈は絶対ここにいる! って予感がして。職員室でその辺の先生に聞いてみたら保健室だって教えてもらって」

「本当に?」

「うん。不思議だねぇ」

不思議どころか不可解極まりないのだが、ユウミは私と会えてどこか楽しそうだからそれ以上何も聞かないでおいた。そもそも、彼女という存在自体が私にとっては不思議でたまらないのだ。これ以上おかしなことが起きてもあまり動揺しない気がする。

「くちゅん!」

可愛らしいくしゃみをして鼻を啜るユウミ。昼間は温かいけれど夕方になるとまだまだ肌寒い季節。私は彼女にブレザーをかけてあげた。佳道が生きていたころ、寒がる私に彼は同じように自分の上着をかけてくれたのだ。その時の記憶が一瞬にして蘇り、じんわりと切なさが胸に広がる。
佳道は、私が殺した。
クラスメイトの一言が、悔しいぐらいずっと頭の中をつきまとっている。小さな薔薇のとげのように心臓に刺さって取れなくなっている。
佳道が死んだ日、やっぱり一緒に登校していれば彼は助かったんだろうか——。

「くっっしゅん!」

行き場のないやるせなさを噛み締めていたところで、隣からまた大きな音が聞こえて我に返った。再びくしゃみをするユウミは先ほどよりもずるずると大きく鼻を啜っていた。

「大丈夫? 風邪?」

「うーん、なんだろう。なんか寒い〜」

薄着で外へ出てきたから風邪をひいてしまったのかもしれない。家に帰ったらすぐお風呂に入って寝てもらおう。
寒がるユウミの肩を抱き、私は家路へとついた。