学校に着くと、高校三年生の新しいクラスが発表されていた。1組の名簿の中に自分の名前を見つけ、1組の教室へと向かう。教室では同じクラスになって喜びの声を上げるクラスメイトたちが束になっていた。同級生は見知った顔が多いが初めて同じクラスになる人たちもいる。私はその輪の中には入らずに、出席番号順に決められた座席に座った。初めて同じクラスになったメンバーたちが私の方を見てヒソヒソと何かを囁いている。
「ああ、あの子が秋葉くんの」
「思ったよりフツウじゃない?」
「そうだよね。秋葉くん、どうしてあの子と付き合ってたんだろう」
私に聞こえないように噂をしているつもりなんだろうけれど、しっかりと耳は彼女たちの会話を拾っていた。
私が、一部の女の子たちからよく思われていないことは自分が一番よく知っていた。
佳道はサッカー部のエースで、ファンが多かった。高校入学後にすぐに彼女ができていることを知らない女の子たちが佳道にアタックをしていたのを知っている。
モテ男で彼女がいて、他の女の子には見向きもしない佳道に対しては一途で格好いいと評判が上がったが、その彼女——つまり私に対しては嫉妬の刃を向けられるだけだった。そのせいで何度か嫌がらせのようなものを受け、その度に佳道が守り、女子たちの嫉妬を増幅させていった。
「確か、あの子と一緒にいる時に事故ったんでしょう?」
「そうだっけ? いつもは一緒に登校するけどその日は一緒じゃなったって聞いたけど」
「まあどっちでも一緒でしょ。結局、あの子が殺したようなもんでしょ」
「ちょっと、言い過ぎだって」
名前も知らないクラスメイトたちが囁き合う声が、耳にこだまするように響いて、ぐわんぐわんという耳鳴りへと変化する。
言い過ぎだ、と注意した子も、嘲笑するような目で私をチラリと見た。
心ない言葉の刃が、治りかけていた傷を再び抉る。かさぶたはとっくに剥がれ、滴る血は止まることを知らずどんどん勢いを増して。
私は唐突に、その場で吐いた。
「うっ」
胃の中からこみ上げる吐瀉物が、ワックスをかけたばかりの艶やかな教室の床を躊躇なく汚していく。
「……」
教室中の人たちが一斉に私の方を見た。「うわ……」という男の子の声が、やけに大きく響いて聞こえる。
羞恥と情けなさと、恋人の尊厳を傷つけられた悔しさがごちゃ混ぜになった私はゆっくりとその場から立ち上がり、無言で吐いたものを片付けてそのまま教室を出た。
「おい、どうした」
ちょうど新しい担任の横川先生が教室に入ってくるところだったが、私は返事をする気力すらなく担任の引き止める声を無視した。
そのまま一階へと降り、保健室へ向かう。しばらくそこで休んでいても罰は当たらないだろう。
「あら、どうしたの?」
「ちょっと気分が悪くて……」
「それならベッドで休むといいわ」
「ありがとうございます」
養護教諭の先生が慣れた対応でベッドの方を指差す。私は遠慮なくベッドに寝転がり目を閉じた。
——結局、あの子が殺したようなもんでしょ。
暗闇の中で、先ほどのクラスメイトの言葉がフラッシュバックする。突きつけられた言葉のナイフは何度も傷口を抉り、信じられないほどの痛みを運んできた。私は再び吐き気がこみ上げて来て、洗面器の中に嘔吐する。
「あらあら大丈夫? 熱でもある?」
「いえ……熱はありません」
「そう。でもあんまり無理しちゃダメよ」
「はい」
嘔吐したことで身体中の水分が抜け、保健室の先生が水を持って来てくれた。冷たい水が喉元を過ぎていくと、少しだけ気持ちが落ち着いた。私はそのまま再びベッドに寝転がり目を閉じる。今度は何も考えず、何も感じず、ただひたすらに闇の底へと引きずられるようにして眠った。
「ああ、あの子が秋葉くんの」
「思ったよりフツウじゃない?」
「そうだよね。秋葉くん、どうしてあの子と付き合ってたんだろう」
私に聞こえないように噂をしているつもりなんだろうけれど、しっかりと耳は彼女たちの会話を拾っていた。
私が、一部の女の子たちからよく思われていないことは自分が一番よく知っていた。
佳道はサッカー部のエースで、ファンが多かった。高校入学後にすぐに彼女ができていることを知らない女の子たちが佳道にアタックをしていたのを知っている。
モテ男で彼女がいて、他の女の子には見向きもしない佳道に対しては一途で格好いいと評判が上がったが、その彼女——つまり私に対しては嫉妬の刃を向けられるだけだった。そのせいで何度か嫌がらせのようなものを受け、その度に佳道が守り、女子たちの嫉妬を増幅させていった。
「確か、あの子と一緒にいる時に事故ったんでしょう?」
「そうだっけ? いつもは一緒に登校するけどその日は一緒じゃなったって聞いたけど」
「まあどっちでも一緒でしょ。結局、あの子が殺したようなもんでしょ」
「ちょっと、言い過ぎだって」
名前も知らないクラスメイトたちが囁き合う声が、耳にこだまするように響いて、ぐわんぐわんという耳鳴りへと変化する。
言い過ぎだ、と注意した子も、嘲笑するような目で私をチラリと見た。
心ない言葉の刃が、治りかけていた傷を再び抉る。かさぶたはとっくに剥がれ、滴る血は止まることを知らずどんどん勢いを増して。
私は唐突に、その場で吐いた。
「うっ」
胃の中からこみ上げる吐瀉物が、ワックスをかけたばかりの艶やかな教室の床を躊躇なく汚していく。
「……」
教室中の人たちが一斉に私の方を見た。「うわ……」という男の子の声が、やけに大きく響いて聞こえる。
羞恥と情けなさと、恋人の尊厳を傷つけられた悔しさがごちゃ混ぜになった私はゆっくりとその場から立ち上がり、無言で吐いたものを片付けてそのまま教室を出た。
「おい、どうした」
ちょうど新しい担任の横川先生が教室に入ってくるところだったが、私は返事をする気力すらなく担任の引き止める声を無視した。
そのまま一階へと降り、保健室へ向かう。しばらくそこで休んでいても罰は当たらないだろう。
「あら、どうしたの?」
「ちょっと気分が悪くて……」
「それならベッドで休むといいわ」
「ありがとうございます」
養護教諭の先生が慣れた対応でベッドの方を指差す。私は遠慮なくベッドに寝転がり目を閉じた。
——結局、あの子が殺したようなもんでしょ。
暗闇の中で、先ほどのクラスメイトの言葉がフラッシュバックする。突きつけられた言葉のナイフは何度も傷口を抉り、信じられないほどの痛みを運んできた。私は再び吐き気がこみ上げて来て、洗面器の中に嘔吐する。
「あらあら大丈夫? 熱でもある?」
「いえ……熱はありません」
「そう。でもあんまり無理しちゃダメよ」
「はい」
嘔吐したことで身体中の水分が抜け、保健室の先生が水を持って来てくれた。冷たい水が喉元を過ぎていくと、少しだけ気持ちが落ち着いた。私はそのまま再びベッドに寝転がり目を閉じる。今度は何も考えず、何も感じず、ただひたすらに闇の底へと引きずられるようにして眠った。